よく「天災は忘れた頃にやってくる」と言われます。これは夏目漱石の門下生である物理学者・随筆家の寺田寅彦が言っていたとされる言葉ですが、100年近く経った令和の今でも防災対策の場面において広く使われています。しかし「天災は“忘れる前”にやってくる」と言い換えられる程に、近年の日本は災害と常に隣り合わせです。このような状況に対して自社はどれほどの対策ができているでしょうか。
この記事では、自社を取り巻く「自然災害」に対する対策について考えます。今すぐ考えるべき観点は何か、目を通しておくべきことは何かを確認しながら、実際に当社がボトムアップで防災対策を行った様子を紹介します。
災害と中小企業
災害による中小企業の被害
災害を被った中小企業は少なくありません。日本政策金融公庫総合研究所が2020年10月に行ったアンケートによると、2010年代に発生した大規模自然災害で、直接被害または間接被害を受けたと答えた中小企業は21.9%にのぼりました。
被害内容は、建物や商品の破損といった直接被害だけでなく、取引の中断や原材料の価格高騰、観光客の減少などと言った間接被害があります。
日本政策金融公庫総合研究所「自然災害が中小企業経営に及ぼす影響~「自然災害の経営への影響に関するアンケート」結果から~」
出典: https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/sme_findings210415_1.pdf
被災して困ったこと
防災対策は、日々の業務に追われていると、つい後回しになりがちです。しかし、被災すれば様々な困りごとが出てきます。中小企業庁の「中小企業の防災・減災対策に関する現状と課題について」には、「事前対策の不足による被害事例」として次のような声が載っています。
業種 | 災害時に困ったこと | 反省点と改善点 |
---|---|---|
旅館業 | 地震や大雪を経験し、災害時にトップが不在などがあり、どのように対応すればよいか従業員が困った。 | 経営陣が不在でもどのような対策をとればよいか、指揮命令系統の確立と、従業員の連絡体制や、対応マニュアルの整備が必要と認識。 |
食品加工業 | 地震により、建屋・設備に被害。災害対策を講じていなかったため、従業員の出社状況が把握できず、どのような対策を行えばよいかわからず、混乱した。 | 有事にやるべきことを決め、確実にできるようにすることが重要。また、対策を施すとともに、従業員への周知・教育と、見直しを定期的に実施することが必要と認識。 |
取引業 | 停電による取引停止を想定しておらず、自家発も設置していたが古い機器で3時間弱しか稼働できなかった。 | 長期間停電を想定した対策を施すことが必要と認識。 |
出典:中小企業庁「中小企業の防災・減災対策に関する現状と課題について」
また、被害に遭った企業が、防災対策として実施している取り組みとして、次のような声が挙がっています。
どの企業も全く対策をしていなかったというわけではないでしょう。しかし、このように被害に遭うと「足りなかった」という反省が出てくるものです。この「被害後も実施している取り組み、及び被害後に新たに実施した取り組み等」は、そのような反省や取り組みの効果が反映されたものです。
このような各社の反省や経験を糧にして、防災対策を進めていくことが大切なのではないでしょうか。
企業の防災対策
防災・減災のために、少しでも被害を減らす予防方法と、被災した場合の対応策は考えておきたいところです。しかし、自社に関わるリスク全てを洗い出して策を講じることは難しいものです。
一度に策を講じることが難しいのなら、少しずつ対応して構いません。まずはどのリスクに対して考えるかを決定して、できる範囲から決めていきましょう。
起こり得る災害の特定
まずは、企業活動・拠点への影響が想定される災害は何かを確認し、優先的に対策していきましょう。
想定される災害
・自然災害
企業に起こり得る自然災害については、行政が出しているハザードマップや自治体の防災ページで確認できます。
国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」では、洪水・土砂災害・高潮・津波・道路防災情報・地形分類の6つの情報を重ねて閲覧できる「重ねるハザードマップ」が提供されています。各災害リスクがまとめて表示されるので、大変便利です。
また、同じページ内の「わがまちハザードマップ」からは、市町村が作成したハザードマップにアクセスすることができます。ハザードマップにもよりますが、より詳細な情報や避難所などが確認できます。
その他、自治体のページにも、防災のための情報や災害発生時の対応フローなどが用意されていることがあります。事業者向けの資料を用意している自治体も多いので、必ず確認するようにしましょう。
・感染症
感染症の場合、その病原菌がどのような特性を持つかによって対応が異なってきます。新型コロナウイルスに対する対策が、そのまま次に来る新たな感染症に対応できるというものではありません。その時々の情報を踏まえた上で対策を行いましょう。
想定される被害
次に、どのような被害が出るかを予想します。最初は「インフラ」など大きな枠から考えましょう。
例えば、地震が起きると断水が起こるかもしれません。断水すれば、社内のトイレが使えなくなるでしょう。業務内容によっては、サービスの提供ができない場合や商品が製造できなくなる場合もあります。このように徐々に「自社」や「取引先」にまで落とし込むことで、細かい部分の被害までを考えていきます。
防災計画の策定
防災について考えるとき、人はどうしても過去の経験に頼りがちです。しかし「過去に経験した災害と同じレベルのものが来たときにどう対応するか」を考えるだけでは足りません。同じ災害は2度起きないものだと思って、対策を進めることが大切です。
防災の基本方針
どの企業においても共通して言えることは、何よりもまず人命が最優先されるべきということです。従業員だけでなく、来客の人命確保も必須なので、従業員以外をも想定した対策が重要です。
それ以外にも「お客様にできる限り安心してお過ごしいただく」「二次災害を防止し、早期の業務再開を目指す」といった内容を方針に加えることもあるでしょう。その場合には、目標として明示し、従業員ごとに対応の方向性がぶれないようにします。
自治体の最新情報
起こり得る被害を確認した上で、最新の情報を確認します。防災情報は常にアップデートされています。例えば、ハザードマップは想定の見直しや防災施設等の設備状況の変更により、情報が変更・更新されていることがあります。前に確認したときは安全だとされていた道が、今の想定では危険とされていることもあるかもしれないのです。
常に防災に関する情報は見直され更新されています。古い情報のままでは、間違った対応を取ってしまうことにも繋がります。「何年か前に確認したから大丈夫」ではなく、定期的に最新の情報で確認しなおすようにしましょう。
なお、インターネット上では古い情報も残っていることがあります。確認するときは必ず最新の情報かどうかを確かめるようにしましょう。
・どんな条例があるか?
自治体によっては、防災に関する条例が施行されている場合があります。内容は様々であるが、事業者などの責務や役割を具体的に規定しているものもあるので、目を通しておきましょう。防災に関する条例は、都道府県によって施行されているものもあれば、市区町村単位で施行されているものもあります。例えば、東京都内でも品川区や港区、葛飾区など多数の区で災害・防災に対する条例が制定されています。
また、複数の条例を制定している自治体もある。例えば、広島県は「広島県防災対策基本条例」を制定していますが、災害を受けて新たに「広島県『みんなで減災』県民総ぐるみ運動条例」を制定しています。
・避難所はどこか?
各自治体では、災害から身を守るための場所を設けています。このような場所に種類があるを知っていますか?
災害危険から避難した住民らが、災害の危険が無くなるまで必要な期間滞在する場所、または災害により自宅へ戻れなくなった住民らが一時的に滞在する場所が「指定避難所」です。一般的な避難所がこれにあたります。ここは災害の区別なく受け入れてくれる場所です。
災害の危険から命を守るために緊急的に避難する場所のことを「指定緊急避難場所」と呼びます。これは土砂災害・洪水・津波・地震などの災害種別ごとに指定されていて、災害の危険が及ばない学校のグラウンドや駐車場が指定されることもあります。
この「指定緊急避難場所」は、国土地理院の「指定緊急避難場所データ」より確認することができます。なお2023年7月現在、自治体によってはデータ未提出のところもあり、一部地域の情報は確認できません。
このように災害の種別によっては避難すべき場所が異なるかもしれません。一時的に指定の集合場所に集まって判断するように求められている場合もあります。各自治体によって想定される災害が違うこともあり、細かいフローや内容は異なります。そのため、各自治体が出している防災情報や防災マップから、どのような場合にどこへ避難すればいいのかを必ず確認しておくことが大切です。
なお、避難場所は収容人数が決まっています。これは主に住民の人口を基に考えられているので、従業員全員で避難すると混乱する可能性があることも理解しておきましょう。
オフィスで確認するべき5つの備え
災害に備えるためには、何をすればいいのでしょうか。基本方針を定めた上で、被害を広げないために何が必要なのかを考え、対策することが大切です。
危険箇所の見直しと対策
社内に危険な箇所はないでしょうか?決して建物の老朽部のことだけを言っているのではありません。揺れがあった場合に倒れそうな棚や、浸水した場合に水に浸かりそうな機器も危険箇所です。
例えば、出入り口に積まれた段ボール箱、ロッカーの上に置いているファイル、床に直置きしている電子設備などは、オフィスにはありがちな光景です。しかし、防災の目線から考えると、これらには地震による転倒や浸水の危険が潜んでいます。もし災害があった場合にどうなるかを考えてみましょう。
また、危険物が社内にある場合には、容器の転倒や破損の心配がないか定期的な確認も重要です。このように怪我の危険性や備品の破損などの恐れがある箇所には対策を行います。
避難経路の確認
実際に避難経路を歩いてみると「避難経路として活用する扉が壊れている」「荷物が崩れると廊下を塞ぐかも」と、スムーズな避難を妨げるものに気付くでしょう。また、屋外にも「ブロック塀が崩れそうだ」「この階段は急いでいると危なそうだ」といった危険箇所を発見できるかもしれません。
階段には滑り止めテープを貼るなど、対策できる場所は必ず対策をしましょう。どうしても難しい場合は、その場所に近づかない避難経路を設定のがいいですね。
避難経路と同様に、避難はしご、消火器、AEDなどの場所も重要です。設置場所を確認し、社内で共有しておくことが大切です。
データのバックアップ
災害時には書類やパソコンが破損し、重要な資料やデータが消失する可能性があります。しかし、紙資料をデータ化するなどし、パソコン上の資料と共にクラウド上に保存しておけば、そのような破損があったとしても安心です。ただし、定期的にバックアップを取るよう徹底することが大切です。
備蓄品の用意
近隣に店舗があったとしても、緊急時には必要物資を調達できない可能性があります。必要物資は必ず備蓄をしましょう。
全従業員が必要なものは水、食料、毛布です。これは生命維持に必要な物資であり、備蓄場所や費用がないとしても必ず全員に持たせたいものです。また、救急用品や救助器具、医薬品も人命にかかわるため、優先的に準備しましょう。
災害は来客時に起きる場合もあるので、備蓄は少し多めに用意します。備蓄品は準備すると安心してしまうが、懐中電灯の電池切れなど、いざという時に使えないということもある。そのため、定期的な確認・更新が大切です。また、保管場所は取り出しやすく危険の少ない場所にします。倉庫の扉が壊れて開かないなど、万一の時に取り出せないことが無いようにしましょう。分散させて保存する手段や、あらかじめ配布しておく手段もあります。
なお、東京都の「帰宅困難者対策ハンドブック」では、72時間の一斉帰宅抑制が推進されています。また、避難所などに仮設トイレが設置されるまでにも3日かかると言われることから、最低3日は待機できる備蓄品の用意が理想です。
項目 | 備品詳細 |
---|---|
食料品 | 飲料水、乾パン、アルファ化米、缶詰、レトルト食品 など |
医薬品 | 殺菌消毒剤、整腸剤、止血剤、痛み止め、ばんそうこう、生理用品 など |
救急セット | 包帯、ガーゼ、脱脂綿、タオル、ナイフ、ハサミ、ピンセット、体温計、三角巾 など |
救助資器材 | 担架、ロープ、ガムテープ、工具(ジャッキ、バール)、シャベル、ブルーシート、自転車 など |
防災資器材 | 懐中電灯、ろうそく、マッチ、ライター、携帯ラジオ、乾電池、消火器、給水用ポリタンク、土嚢 など |
保護用具 | 毛布、ヘルメット、軍手、スニーカー、長靴、作業服 など |
その他 | ビニール袋、簡易トイレ など |
作成 株式会社デジタルボックス
教育と訓練
防災教育を行えば、従業員が危険にさらされる可能性は減り、基本方針に基づいた適切な行動が取れるようになります。また、訓練を行えば体で覚えることができます。最低年1回は行い、いざという時に動けるようにしておくことが大切です。
8つの被災時対応策
被災したその時に担当者と対応方法を決めていては、情報が錯綜して混乱してしまいます。災害発生が勤務中か休日か、災害発生時にいる場所が社内か社外かによって、取るべき行動も変わってきます。そのような各状況を踏まえた対応策を前もって決めておけば、被災時の混乱は軽減できます。ここではあらかじめ決めておくべき項目8つを確認します。
初動対応
災害が発生した時に行うべきことを決めていなければ、従業員は思い思いに動いてしまうでしょう。そうなると二次災害に巻き込まれてしまう可能性も出てきます。災害発生時からのフローをあらかじめ作成し、適切に動けるように整えておきましょう。そうすることで、災害後の損失を防ぐのです。
体制
いざという時にすぐ対応できるよう、従業員の役割を決め、誰が何をするのかを明示しておきます。
役割名 | 対応内容 |
---|---|
リーダー | 全体の指揮や監督を行う担当者。平時から災害対策に関する情報を知っておく必要がある。 |
総務担当 | 災害対策本部の運営や、各担当の調整を行う。 |
情報連絡担当 | 被災に関する情報収集や、通信手段の確保、緊急連絡、広報などを行う。 |
避難・誘導担当 | 避難ルートや場所を確認し、誘導を行う。 |
消火担当 | 初期消火にあたる。 |
救出・救護担当 | 救出や応急手当、負傷者の搬送などにあたる。 |
設備・復旧担当 | 設備の緊急停止、被害状況の調査・点検・補強などにあたる。 |
社員救援担当 | 安否確認、帰宅計画の実行、支援物資の備蓄・調達・配布、被災社員の生活支援などにあたる。 |
東京商工会議所「できるゾウ!できるカモ?災害対策 中小企業のための災害対策の手引き」を参考に、株式会社デジタルボックスが作成
「社員救助担当は誰か」ではなく、「社員救援担当の安否確認担当は誰か」まで細かく明示しておけば、個々人が責任を持って対応できるようになります。
人数が足りない場合は、役割を兼務するようにしましょう。逆に、人数が多い場合は全員に役割を振り分けます。役割がない人を出さないことで、対応するべき事柄を1人1人が自覚し、協力し合える体制を整えるのです。
安否確認方法
従業員との連絡方法をあらかじめ決めておくことで、連絡が錯綜することを防止します。ただし、災害の規模によっては、通信がダウンし使えなくなることもあります。そのような場合のために「災害用伝言ダイヤル」の使い方を共有しておくのも良いでしょう。
人数が多い企業では、安否確認とその情報をまとめるだけでも重労働です。そのため安否確認システムの導入なども視野に入れ、なるべく省力化・効率化できないかを考えましょう。また、安否確認ができない場合の確認方法や、夜間の場合の仕組みも考える必要があります。
安否確認で何をどう伝えるのかを決めておくのも良い方法です。何を報告するか、どのような文面で報告するかまで決めておくと、必要な情報が漏れる可能性が低くなり、あいさつ文を書く手間なども省けます。本人の無事以外にも、本人の所在地、家族への被害の有無、自宅への被害の有無、本人の出社可否、自宅待機の必要性、今後の連絡手段などの報告があり得るでしょう。早く情報が集まれば、より早く次の対応ができます。
情報収集方法
テレビ、ラジオ、ネットニュース、SNS、防災放送など、様々な情報収集手段がありますが、どれも一長一短です。パソコンや携帯電話は業務で使用することも多いでしょうが、通信が重くなり情報取得ができない可能性もあります。だからといって普段使わないものを導入しても、費用や管理の手間がかかるだけでしょう。
混乱の中では不正確な情報が伝播することもあります。情報に基づいて判断を行うため、なるべく多くの収集手段を用意し、正確な情報を得られるように整えることが大切です。
出社・自宅待機・在宅勤務の判断基準の共有
方針やルールがなんとなく決まっていたとしても、それが全体で共有できていなければ混乱を生んでしまいます。「〇〇市で震度6弱以上の揺れを観測したら、対応要員のみ参集する」「午前7時の段階で交通機関が止まっている場合は自宅待機」というように判断基準を明確にし、従業員1人1人が判断できるようにしましょう。そうすれば混乱もそれに伴う手間も減ります。
また、台風のように事前に判断できる場合には、早い段階で対応を決定し共有することも大切です。
担当者不在時の対応方法
対外的なコミュニケーション担当者やサーバーなどのシステム担当者が出社できないこともあります。業務のマニュアル化や、代理人を決定・共有をしておけば、担当者の不在時にでも業務や体制を機能させられるでしょう。
顧客への対応
防災の基本方針として「お客様の身体の安全を確保する」のように顧客への対応を設定した場合、それに対する対応策が必要です。例えば、従業員と同じように水や食料などの物資の提供は必須でしょう。さらにはお客様のそばで対応する人をたて、何かあった場合にすぐ駆け付けられる体制を整えることなどが考えられます。
対応によっては、企業の信頼を高めることにも損なうことにもなります。さまざまな状況を想像して、いざという時に困らない対応を決めることが大切です。
製品・サービスの供給
防災の基本方針として早期の業務再開を目指す場合、事前に災害が業務に対してどのような影響を及ぼすかを考えることが大切です。例えば、電気や水などのインフラが途絶えるかもしれません。それだけでなく物流のマヒによって商品を発送できなくなるかもしれません。普段使用している場所が使えないという可能性もあります。
それぞれ想像して対応策を決めておけば、未策定の場合よりも早い業務再開が可能になるでしょう。
注意点
フローや地図は紙媒体で
停電になった場合は、パソコンの中に保存している資料は読めなくなります。また、いざという時に資料を探すにも手間がかかってしまうでしょう。フローや避難ルートは紙媒体でも用意し、すぐに手に取れる場所に保存しておきましょう。
リモートワーク中の被災
リモートワークを導入しているのであれば、「リモートワーク中に被災した時はどうするのか」「自宅の通信環境が故障した場合も、会社が修理費を負担するのか」という点についても考えておく必要があります。働き方が多様化している企業は、既に策定しているフロー再確認が必要です。
次回の改訂時期
防災対策を行って満足してしまうケースもあるかもしれません。しかし、いつ起きるか分からないからこそ、継続的な改善が必要です。すでに確認したとおり、防災対策は最新の情報に基づいていなくてはなりません。対策や備蓄を防災訓練と合わせて定期的に見直すことで、より不足のない状態を整えることが大切です。また、継続的に周知し訓練を行うことで、いざという時にもすぐ対応できるようになります。
中小企業の防災対策例
防災の目的は、被害をできるだけ小さくすることです。そのために自社の災害リスクや推奨される対策を「知り」、問題点や解決策を物や制度で「備える」のです。これは手間のかかることですが、後回しにしていては、いざという時に対応できず、被害が拡大するかもしれません。そうならないためにも少しずつでも対策を進めることが重要です。
当社デジタルボックスでも、このブログを機に防災対策を進めることにしました。その期間は実に2週間。短い期間ではありますが、いくつかの備えを行うことはできました。ここでは、そのようなコンパクトな防災対策で行ったことや、対策していて困ったことなどを紹介します。
情報を収集してみた
まず、自社の被害を最小限にするために、従業員1人1人が次の4つの情報を把握している状態を目指すことにしました。
- どんな危険があるか
- どんな行動をとればいいのか
- どこへ避難すればいいのか
- どんな備えをすればいいのか
これを1人1人が把握しているだけでも被害の抑制に繋がるでしょう。自社に起こり得る危険や被災時にするべきことは調べればすぐに分かるものです。これらの情報を収集して、自社の防災情報にすることにしました。
適切な情報源はどこにある?
「防災」とインターネットで検索してみると、多くの情報が見つかります。中には、根拠が明らかでない情報や噂も混じっていました。
防災対策については、国や自治体が専用のページを作っている場合が多くありました。信憑性の高い最新情報が集約されていて、自社の所在地に合った情報が得られます。不安をあおるような噂に惑わされず、まずは国や自治体などの信憑性の高い情報を確認することが大切です。
当社のオフィスは品川区にあるため、品川区のホームページを確認しました。
例えば、防災ページには「はじめての防災のすすめ」という防災の手引きやハザードマップ、情報豊富なハンドブックがあり、防災・避難・備蓄などが分かりやすくまとめられていました。内容や程度に違いはあるが、多くの自治体がこのように情報を集約し、分かりやすい形で提供しています。
信憑性の高い情報に基づいて実際に情報を収集したところ、思ってもみなかったリスクや対策方法を知ることができた。しかし一方で、意外なところに混乱しやすい面もありました。
どんな危険があるのか
場所ごとにどのような危険があるのか?については、主にハザードマップから知ることができます。ハザードマップは災害ごとに種類があるので、すべてに目を通すことは大変です。しかし、国土交通省の「ハザードマップポータルサイト」では全ての情報を重ねて表示できて、とても便利でした。
情報を調べて驚いたことは、いくつもの災害リスクが潜んでいたことです。東京には大型地震の危険性があると常に言われていますが、その地震には二次被害が付き物です。当社のある不動前駅付近は、津波、土砂災害、液状化の危険性は低いものの、火災の延焼による危険は若干高いとのこと。
さらに、富士山の噴火も全く無いとは言い切れないそうです。もし噴火した場合には、品川区にも影響があるかもしれないんだそうです。
また、当社の近隣を流れる目黒川は、普段は大変穏やかな川で、いろんな人がよく散歩しています。しかし、この川には氾濫の可能性があり、過去には当社の近隣でも浸水被害があったと「浸水ハザードマップ」に書いてありました。どの情報も、調べてみなければ知らないままでした。
災害種類 | 災害の内容 | 詳細 |
---|---|---|
地震 | 首都直下地震 | 南関東域で30年以内にM7クラスの地震が発生する確率70% |
相模トラフ沿いの海溝型地震 | 30年以内にM8クラスの地震発生確率0~2% | |
地震による二次被害 | 火災 | 延焼による危険性あり |
水害 | 河川氾濫 | 近隣の目黒川氾濫の可能性あり |
浸水 | 過去に周辺地域が浸水した経験あり | |
火山災害 | 富士山噴火 | 発生確率不明。もし宝永の大噴火と同等の噴火があれば品川区の降灰は2~10cm |
ハザードマップからは得られない情報もあります。例えば、空き家などは管理する人がいないために地震などで崩れてしまいやすいものです。工場や木造密集地帯は、火災が早く燃え広がるおそれがあります。危険な箇所を確認するのであれば、ハザードマップだけでなく実際に歩いてみることも大切です。
どんな行動をとればいいのか
一般的に、災害時に取るべき行動は次のとおりです。
- 身を守る
- 安全を確保する
- 情報を得る
- 避難する
災害が起きたらすぐに避難というイメージがありますが、決してそうではありません。とっさに身を守り、安全を確保し、状況を確かめた上で、何かしらの危険があると判断した場合に、最寄りの安全な場所に身を寄せるのです。
水害やそれに伴う河川氾濫や土砂災害等は、ある程度事前に予測できるものです。そのような場合は、前もって避難することが大切です。
・被災場所によって対応方法が変わる
同じ災害でも、被災した場所によって身の守り方や安全の確保の仕方も変わってきます。例えば、社内にいるときに地震が起きたとしましょう。オフィスや給湯室、エレベーターの中で被災することもあるでしょう。
オフィスであれば、棚などから離れ、物の落下や転倒がない場所に入る、または太い柱や壁に身をよせて頭を守ることが大切です。給湯室にいた場合も同様ですが、火がついている場合は速やかに消しましょう。いずれも揺れが収まったら扉を開けて出口を確保し、社内の状況の確認をします。
エレベーターの中で揺れにあった場合は、すべての階のボタンを押して止まった階で降りましょう。閉じ込められた場合には、非常ボタンを押して助けを求めることになります。
屋外で揺れにあった場合には、頭上を確認し落下物から頭を守ることが先決です。近くにブロック塀や自動販売機、建物などがある場合は、離れて身を守りましょう。場所によっては、二次災害が予想されるところもあります。もしも海や川などに近い場合は、津波が来る場合があります。できるだけ早く最寄りの高台や頑丈な建物の上階などの安全な場所へ避難してください。
・正しい情報を入手する
安全が確保されたら、安否の確認や災害についての情報収集をします。災害時は、情報を基に状況を把握しながら次の行動を選ぶことになります。もしも入手した情報が間違いやデマであれば、間違った行動を選んでしまい混乱を大きくすることにもなります。
そうならないためにも、あらかじめ正確な情報を得られる術を用意しておくことが大切です。「避難経路が書かれた地図を見えるところに貼る」「自治体のSNSをフォローする」などをすれば、いざという時にもすぐに確認できるでしょう。また、収集したい情報によって適切な媒体も変わります。もし地域の細かい情報が知りたいのであれば、全国放送番組でなく地元の番組が強いのでおすすめです。
どこへ避難すればいいのか
各自治体は、あらかじめ災害時の避難場所を決めています。避難指示が出た時や危険が迫っている時などには、すぐに避難できるよう、あらかじめ確認しておいて、社内で共有することが大切です。
・避難所と避難場所は違う
避難先を確認していて気付いたことは「避難所」と「避難場所」の2種類があり、役割が違うことです。どちらも避難する場所ですが、違いを知っておかないと、いざという時に混乱しそうです。
「避難所」(指定避難所)は、災害によって自宅での生活が難しくなった人が一時的に避難生活をする場所です。ニュースなどで多くの人が避難している公共施設などがそれです。
一方、「避難場所」(指定緊急避難場所)は、火災や洪水などで地域全体が危険になったときに避難する場所で、災害種別ごとに大きな公園や河川敷などが指定されています。両方とも確認し、共有しておきましょう。
・避難場所がない場合がある
当社の「避難所」は、近所の小学校でした。一方で「避難場所」は割り当てられておらず、代わりに「地区内残留地区」が割り当てられていました。
「地区内残留地区」とは、地区内の建物の不燃化が進んでいることから、危険がない限りは地区内待機が求められる地区です。このように、場合によっては避難先の指定がなく、待機で身を守るように指定されることもあります。
なお、当社からたった25mほど離れた場所は、「地区内残留地区」ではなく近隣の公園へ避難することになっていました。近所でも被災時の行動が全く異なることもあります。
・避難所が開設されない場合もある
避難先に認定されていたとしても、災害の種類によっては開設されない場合もあります。例えば、川が氾濫している場合、川近くの避難所は開設できません。どのような災害の場合にはどこへ行けばいいのかを、あらかじめ確認することが大切です。
場合によっては、街からの脱出が推奨されることもあります。例えば、大規模水害発生時には江東5区(足立区・葛飾区・墨田区・江東区・江戸川区)のほとんどは浸水の恐れがあります。そのため区内に留まるのではなく、東京の西や他県などに避難するよう呼びかけられています。
・状況によっては避難方針が変わっている
感染症が流行している場合には、避難所の密集による感染拡大も考えられます。新型コロナウイルス感染症が流行していた時、品川区は次のような案内を掲示して、できる限り各自が自宅で身を守るように促していました。自社の自治体がどのような方針を立てているのか、あらかじめ確認しておきましょう。
避難所での感染拡大を防ぐため、自宅で居住継続が可能な場合は「在宅避難」、または親戚や友人の家等への避難をご検討ください。
出典: https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/bosai/bosai2/20200428151621.html
どんな備えをすればいいのか
オフィスで行う備えと対策については、すでに確認したとおりです。
しかし、推奨される防災の備えは、自治体によって若干の差があります。それは地域によって起こり得る災害や人口、気候や地形などが違うからです。方針や条例も異なるので、自治体が出している情報を確認することが大切です。
東京都は、東日本大震災において多数の帰宅困難者が出たことから「帰宅困難者対策条例」(2012年3月制定、2013年4月施行)を出しています。
これによると、企業は「一斉帰宅の抑制」に努めなくてはならないとあります。これは人命救助の妨げ防止や帰宅中の二次災害防止のために、72時間は安全な場所に留まる必要があるからで、企業には「3日分の水・食料などの備蓄」「施設の安全確保」が求められています。当社の場合、これに基づいた環境を整えることが重要だと分かりました。
・企業向けの防災情報を用意している自治体もある
品川区は事業者向けの防災ページやハンドブックを作成しています。企業がどのように対応すればいいかを、自治体の推奨する方針に沿って作成したものです。そのため「一般的な備えはこうだが、うちの地域の方針だと……」と情報を突き合わせて考える手間も省けます。こういったハンドブックを用意しているところは少なくないので、確認をおすすめします。
・防災情報は日本語だけではない
もしも社内に日本語以外の防災情報を必要とする人がいる場合には、あらかじめ揃えておきましょう。自治体によっては、日本に住む外国語話者のために、防災情報を多言語対応しているところもあります。
品川区が作成している「防災パンフレット」や「防災地図」には日本語の他に英語・中国語・韓国語のものがありました。また、電子書籍版もあり、こちらではタイ語やポルトガル語など10つの言語での自動翻訳・自動読み上げに対応しています。社内で情報が届かない人を出さないことが防災対策では大切です。
情報収集で困ったこと
国や自治体が多くの情報をインターネット上にまとめているので、それらを確認するだけで情報収集ができるかと思っていました。しかし結論から言うと、それだけでは万全な情報収集とはなりませんでした。情報を収集していて困ったことと、その解決方法を見ていきましょう。
とっさの確認はデータではできない
インターネットで調べたこともあり、多くの情報はデータです。データは保存に場所を取らないうえ、画面上で拡大して見られるので便利ですが、災害によって通信系統が遮断されてしまった場合は確認できなくなってしまいます。いざという時に確認できなくては意味がありません。
災害時に必要な情報は、データだけでなく紙媒体でも用意して、手にとれる状態にしておくことをおすすめします。
当初はデータを印刷してファイリングしようと思っていましたが、地図の印刷に手間取ってしまいました。なにしろ元のデータがA1サイズと大きいのです。自社の印刷機のサイズに合わないので、自社の周辺だけを拡大して印刷しようともしましたが、そうすると凡例が入らず、地図記号が何を示しているのか分からなくなってしまいました。そもそも紙媒体にすること自体、手間です。
・解決策
品川区の防災ページを確認してみたところ、紙資料の配布を行っていました。配布場所が近所にあったので、さっそく受け取りに行ってみました。
PDFデータと同様に、紙媒体でも多言語で書かれた資料が用意されていました。もし、必要とする従業員がいるのならば、併せて揃えるといいでしょう。なお、こういったハザードマップは、作成後に配布されていることが多くあります。当社は一斉配布後に今の場所にオフィスを構えたので、紙資料を持っていませんでした。
自治体にもよりますが、5年以上同じ場所にオフィスを構えているのであれば、社内を探してみると発掘されるかもしれませんよ。
避難方法に関する用語が自治体によって違う
情報収集をしていて困ったことは、避難所・避難場所を意味する言葉が多いことです。広域避難場所・一時集合場所・福祉避難所・第二避難所など、施設の特徴や利用方法によっていくつもの名称が付けられています。しかも、同じ意味でも自治体によって言葉が違ったり、また同じ名称でも事前に準備しておくべき事柄が異なったりする場合もありました。
品川区の場合、危険が迫った場合には最寄りの安全な場所へ一時避難を行います。この時の避難場所には、区立学校などの「区民避難所」の他に、町会会館や公園などの「一時集合場所」、火災の延焼などから逃れるための大きな公園や河川敷などの「広域避難場所」などがあり、そこで状況の確認や様子を見ることになっています。これらは所在地・町内会によって分類されています。
神奈川県川崎市の場合は「一時集合場所」が無く、「一時避難場所」が用意されています。名称は異なりますが、品川区の「一時集合場所」とほぼ同じ役割を果たす場所を示しています。江戸川区には「一時集合場所」がありますが、町内会ごとに場所が決められているのでなく、隣近所や家族とあらかじめ決めておくものです。
・解決策
自治体によって想定される災害や環境が異なり、設置される施設の名称や最適な避難フローも異なります。そのためにこのような違いが生まれたのでしょう。「他の店舗で策定したものと同じでいい」などと思わず、各自治体のフローを確認した上で、避難フローや避難場所を決定しなくてはなりません。「どのような場合」に「どうするべきか」をあらかじめ確認し、決めておくことが大切なのです。
防災マップでは分からないこともある
防災マップには避難場所や避難所、時にはAEDの設置場所なども書かれているので、とても便利です。しかし広域を1枚で表すので、細かい情報はそぎ落とされています。品川区の場合、避難所の入り口は書かれていません。実際に行かないと分からないのです。
他にも、最適だと思った道が急坂で通行に時間がかかることもあるかもしれません。横断歩道の位置を把握していなかったために、選択したルートが遠回りとなる可能性もあります。
・解決策
避難経路を考えるには、まず実際に歩いてみることが大切です。普段歩いている道であっても、防災意識を持って歩いてみると危険に気付くこともあります。古い塀やガラス窓、空き家などは倒れる可能性があるので危険です。また、木造密集地帯は火災の恐れ、低地・沿岸部は津波の危険、川沿い・埋立地・沼地は液状化の可能性がある。
避難場所の入り口まで実際に歩いて、これらの情報を収集した上で、避難経路を作るのがおすすめです。
なお、道が塞がってしまって通行できない場合もあります。避難経路は1つでなく2~3つ考えるようにしましょう。可能であれば非常用持ち出し袋を持って歩けるかを確認してもいいですね。
他にも、消火器・AED・公衆電話・公衆トイレ・コンビニ・フリーWi-fiスポットなどの場所が分かれば、いざという時に役立ちます。これらの情報を収集して、共有するだけでも防災の第1歩になります。
対策を検討してみた
2週間という短期間でも、防災対策は意外と進められる。今回、備えを整えてみて思ったことです。防災に役立つことは無数にありますが、その中から自社にとって本当に必要なことは何か、優先的にやることは何かを考えて実行すれば、無駄がありません。逆に、それを怠ると余計な手間や費用が掛かってしまうのでしょう。
自社の災害リスクや推奨される対策について知ったら、問題点や解決策を物や制度で備えていきます。策定する部署や流れなどは企業によって違います。当社では、収集した自社のリスクや対策方法について全従業員に共有し、どのように対策するかを話し合うことにしました。
防災対策の優先順位
災害リスクは多岐に及び、全てを一度に対応することは難しいと思われました。そこで、全てを対応しようとするのでなく、あらかじめ対策範囲を絞ることにしました。
対策範囲を決める上で重要な観点が「影響度(被害度合)」と「発生頻度(確率)」です。災害が自社に与える「影響度」が大きいものは優先して対策を行います。ただ、「影響度」が低ければ後回しにしていいというわけでなく、「発生頻度」が多いものは「影響度」の大小に関わらず早めの対策が必要です。
災害種類 | 影響度 | 発生頻度 |
---|---|---|
水害 | ・オフィス近辺の浸水による出社困難 ・オフィスや機器の浸水による業務困難 ・ある程度事前に予測できるため、リモートワークなどで対応可能 | ・毎年台風の季節には発生する可能性がある ・オフィスが建物の上階にあるため、オフィス内の被害確率は低い |
地震 | ・オフィスや機器の破損による出社・業務困難 ・突発的な災害のため、急に避難や待機が求められる ・二次災害として火災の可能性もある | ・国土交通省の「知りたい!地震へのそなえ」によると、関東域で30年以内にM7クラスの地震が発生する確率は70%、30年以内にM8クラスの地震発生確率0~2% |
富士山噴火 | ・降灰による出社困難 ・場合によっては降灰でライフライン寸断やオフィス破損もある ・突発的な災害のため、急な避難や待機が求められる | ・発生確率不明 ・前回の噴火は1707年 |
当社の場合、発生する確率が高いと思われるものは水害と地震です。特に地震はいつ起きるかわからず、突発的な避難や待機が求められる。二次災害として火災の発生も考えられ、場合によっては甚大な被害にも結び付きます。そのため、今回は地震対策に絞って重点的に行うことにして、他の災害については次の機会に譲ることにしました。
自社の取り組みとギャップ
一般的に求められている備えと自社の取り組みとの間にギャップはあるのでしょうか。自社の取り組みをまとめ、求められている備えと照らし合わせると、自社が何を対策するべきか見えてきました。
飲料水の常備 | 310mlペットボトルの水を常設 |
衛生用品の常備 | ハンドジェルやウェットティッシュなどの消毒用品を常設 |
ペーパーレスでの業務 | 物が少なく、高い位置に重たいファイル等がほとんどない |
データのバックアップ | クラウドへのバックアップを徹底している |
業務のマニュアル化 | 業務を他の人も担当できるように環境を整えている |
UPS(無停電電源装置)の導入 | 停電時にもしばらくの間だけ電力を供給できる環境を整えている |
安全性の高い建物を選択 | 鉄筋造り・防災設備が整っている場所を借りている |
当社では日常的に業務のマニュアル化・ペーパーレスでの業務・データのバックアップを徹底して行っています。災害対策のために行っているわけではありませんが、防災の観点から見ても大変有用です。このように普段行っている活動も、防災の面から見れば有用なこともあるかもしれません。
これを求められている備えと照らし合わせてみました。当社の場合は、東京都の「帰宅困難者対策条例」により、従業員が安全な場所に72時間留まるよう「3日分の水・食料などの備蓄」「施設の安全確保」が求められています。現在、オフィスにある飲食物は水しかありませんが、これで賄えるでしょうか……。
このように現在の状況を確認した上で「減らせる危険はあるか」「用意すべき物品はあるか」「いつどのように対応するか」の3点から話し合いを行いました。
危険箇所の確認
災害予測を照らし合わせて社内を確認すると、意外と危険な場所が見つかります。ポイントは、ただ眺めるだけではなく実際に体を動かしてみることです。
- 机・棚の上の物や、壁にかけている物は落ちてこないか
- 棚やパーテーションは倒れないか
- 窓ガラスは割れないか
- 倒れた物が避難経路を塞がないか
地震があった場合を考えるべく、実際に棚を揺らしてみたり、物を持ち上げて重さを確認したりしました。見た目は頑丈そうな棚でも、一定方向の揺れに弱そうなものがあったのは驚きでした。
オフィス内の家具転倒防止には様々な方法がありますが、決して万能というわけではありません。社内の危険場所の改善だけでなく、社内の安全箇所と避難行動の共有が重要だと分かりました。
避難経路の確保
非常階段があっても、そこまでの経路が倒れた物でふさがれてしまっては意味がありません。特に、扉周りは物を置かないことが重要です。当社は普段から物が少ないこともあって、物が倒れても経路や扉を塞ぐことはないだろうと判断しました。ただし、非常階段まではオフィスの扉を一旦出る必要があるので、次のような意見があがりました。
- 扉が壊れた場合、どうするか?
- 他に避難経路はあるのか?
扉が変形するなどして開かなくなってしまった場合は、非常階段にたどり着けません。その場合の代替の避難経路があるでしょうか。当社の場合はベランダに避難はしごがありました。これを使えば、階下に降りられるでしょう。
備蓄品の検討
非常時に必要な物については、すでに確認したとおりです。その中でも優先的に揃えるものを検討することにしました。
東京都は72時間の一斉帰宅抑制を推進しています。当社はこれを踏まえ「3日分の待機」ができる備蓄は何かを考えることにしました。目的が明確になると、必要なものが想像しやすくなって、多くの意見が出ました。
水 | ・1人あたり1日2~3lが必要 ・500mlペットボトルは使いやすいが、場所を取る ・2lペットボトルは安価で、場所も取らない |
食料品 | ・3日分の食料品が必要 ・普段と変わらない食事があると安心 |
除菌シート | ・ストックが足りない、という事態を避けるためにも普段使用している備品とは別に欲しい ・使っていると乾くことがあるから、災害用備品として個別に置いておきたい |
救急セット | ・感染予防にピンセットがほしい ・薬は欲しいものを買い足せばいい |
マスク | ・個包装のものだと安心して保管・使用できる |
ヘルメット | ・社内で待機する場合、ヘルメットは必要か? |
スニーカー | ・帰宅時には必要だけど、会社でなく個人で用意すればいいのでは |
情報をまとめたもの | ・災害時の知識や情報をまとめたものがあると安心 |
消火器 | ・どこに設置してあるのか?管理は誰か? |
自社が購入している物品だけでなく、建物備え付けの備品も確認が必要です。当社の場合、管理会社が管理する備品に消火器があります。これは避難経路上にあり、すぐに使えることが確認できました。
一方、AEDは備え付けられていないので、近隣に借りに行くことになります。しかし、近隣のAEDの位置を誰も知りませんでした。このように「どこにあるのか」を調べることも、備えとして重要です。
非常時の対応方法
どういった時に何をするのかを決めておかないと、対応に漏れが出るかもしれません。災害に遭うタイミングは、社内にいる場合や社外にいる場合、帰宅後も考えられます。その時に必要なのは「判断基準」「初動対応」「安否確認方法」です。
- 判断基準
対応の判断基準が無いと、人によってバラバラな動きをしてしまいます。「電車が止まっていたら自宅待機」「警報が出たら避難」のように、誰にとっても分かりやすく、状況や要請に沿って判断できる基準が必要です。当社の場合、どのような時に判断が求められるのかを考えてみました。
避難か待機か | ・自治体の情報や要請で判断する ・建物の破損状況で判断する ・危険が迫っているかどうかで判断する |
出社か自宅待機か | ・本人や家族のケガの有無などで判断する ・ライフラインや交通網などの社会状況で判断する ・どのタイミング(何時)で判断するのか? |
「避難か待機か」の判断は、会社の立地によって大きく変わってきます。もし河川や海の近くに立地しているのであれば津波の可能性が、急傾斜地の近隣であれば土砂災害の危険性があり、情報を踏まえた早急な避難が必要になるでしょう。当社の場合は、いずれの確率も低いので、揺れによって建物に被害があるか否かで判断するという結論になりました。
一方で、「出社か自宅待機か」の判断は、業務内容や形態によって「自宅業務か」の場合もあります。
判断基準があったとしても、確認に手間取るようでは意味がありません。チェックリストやフローのように、見て分かるもの、かつ、一目で判断できる形のものが用意できると便利でしょう。
- 初動対応
揺れから身を守った後、行うべき行動は何でしょうか。出火防止・初期消火・逃げ道確保・危険物やけが人の確認など、一般的なことに行うことに加えて、機器の停止・顧客対応・広報など、会社ごとに異なるものもあります。それぞれ誰が何をやるのかを決めなくてはなりません。
地震はいつ来るか分からないからこそ、常に各人が初期対応を把握していなくてはいけませんが、頭が真っ白になってしまうこともあります。決定した行動を取るためにはどうすれば良いでしょうか。
- フローやマニュアルを用意する
- フローを棚や壁に設置する
- 行政が出している情報を印刷し、ファイリングやラミネートをしてはどうか
- 被災した時間や場所によって動きが変わるのでは
- 文章を読んで確認するだけでなく、実際に訓練して動いてみる
すぐに見て確認できる環境であれば、適切に動けるでしょう。そして、それが手に取りやすく安全な位置にあれば、すぐに確認できます。
また、応急処置などを実際に動いてやってみるという意見も出ました。確かに、文章で確認するだけでは忘れてしまいそうです。会社全体で体験に参加するのはなかなか難しいかもしれませんが、実際に動くことを意識した確認は大切です。
- 安否確認
最適な安否確認方法は、企業の規模によって変わります。少人数であれば、通常使う社内共有ツールやメール、電話でも良いかもしれません。しかし、従業員数が多くなればなるほど、情報をまとめる作業が煩雑になっていきます。安否確認サービスであれば、費用がかかるものの手間は大幅に省けます。
電話 | 使いやすいがゆえに、繋がらない可能性がある。 |
メール | 電話よりも繋がる可能性は高い。 |
SNS | 個人の連絡手段を社内で共有することに抵抗がある人もいる。 |
社内チャットツール | 社内の連絡手段。個人端末からはアクセスしないと決めているので、社内規約の変更が必要。 |
安否確認サービス | 災害用伝言ダイヤル(171)は1人1人の伝言を確認するのに手間がかかる。省力化できるものは費用がかかることが多い。社員数が多い場合には導入を検討してもいいかもしれない。 |
現地に行く | 手間がかかり過ぎる。最終手段にしたい。 |
さまざまな確認方法案が出ました。しかし、それぞれに一長一短があり、すぐには手段を決められませんでした。
デジタルボックスが実行した3つの備え
従業員で集まって、防災対策について考えてきました。全員が災害リスクを知った上で話し合いに臨んだので、良い案が出ただけでなく、参加者全員の防災意識も上がったのではないかと思います。それを受けて、当社では防災の方針を定めて、最終的に3つの備えを行いました。
なんとなくで防災対策を進めてしまっては、良いと思われる備品をあれこれ買い揃えたり、多くのルールを制定したりして、費用や手間がかかってしまうこともあります。防災の方針があれば、そういった事態が避けられる上、何を行うべきかが明確に見えるので対策も行いやすくなります。そのため、対策の詳細を考える前に、防災の方針「無事にオフィスで3日間待機できるよう、協力しあえる環境を作る」を決めました。
行政の求める方針は「安全な場所での72時間待機」で、当社は「地区内残留地区」にある防災設備を完備した建物にあるので、オフィスで3日間待機する可能性が高いと考えました。そのため、従業員が3日間協力し合いながら身を守ることができることを目指すことにしました。
3日間耐え抜くための備品を揃える
まずは社内で3日間待機するための備蓄品を揃えることにしました。
備蓄品 | 詳細 |
---|---|
応急処置救急セット | 応急処置時の感染予防を考えて、ピンセット付のものを選択。 |
消毒液 | 救急セットに入っていなかったため、追加購入。 |
長期保存飲料水 | 5年保存の2Lペットボトルを選択。小型のペットボトルが扱いやすいが、310mlペットボトルのものを常備しているため、2lのものを選んだ。 |
保存食 | 5年保存のビスケット、クラッカー、乾パンを選択。 |
除菌ウェットティッシュ | 備品として常備しているが、使用していると乾いてくる。防災用として未開封で保存。 |
簡易トイレ | 簡易トイレは使用シチュエーションによって最適なものが異なる。当社では、断水した場合に使用するものとして、便器に設置して使うタイプのものを購入。 |
アルミブランケット | 身体を冷やさないために必須のもの。通常の毛布に比べて大変コンパクトになる。カサカサと音がするが、集団で待機するため静音のものを選択した。 |
軍手 | 従業員数分があれば良い。滑り止めが付いているものは扱いやすい。 |
備えるべきものは物品だけではありません。災害時に必要な情報をまとめて置くことも大切です。品川区は、紙媒体のハンドブックが充実しているので、当社ではそれを常設することにしました。
品川区が配布している「しながわ防災ハンドブック」には、とっさに必要になると思われる情報が掲載されたページに付箋を付けました。また、防災行政無線の内容が聞ける電話番号を追記するなどのカスタマイズをしました。これを避難地図とセットにして手に取りやすい棚に置き、すぐ確認できるようにしました。
設置物 | 詳細 |
---|---|
しながわ防災ハンドブック | 自治体が配布しているハンドブック。品川区が発信している情報の入手先や、避難時に気を付けたいことなど、災害時にほしい情報がまとまっていて便利。 |
避難地図 | 会社と駅の間しか知らないという場合が多い。「〇〇公園で水の提供を開始」という情報に対応できるように、避難場所だけでなく会社周辺について把握できるようにする。 |
・意見が出たが買わなかったもの
話し合いで欲しいという意見があったものの、購入しなかったものもあります。その1つが「個包装のマスク」です。当時は新型コロナウイルスの流行が少し落ち着いていたということもありますが、社内で待機することを前提としているので「マスクを持ち歩くことはない」と判断しました。各従業員に前もって配布するものでもないので、個包装の必要なないと判断、個包装ではない現行の備品で賄うことにしました。
もう1つが「水をつかう防災食」です。近年、防災食は進化し、水やお湯を入れるだけで普段の食事に近いものができあがる商品もあります。非常時が長期化すると、日常に近いものが食べられるだけでも気持ちが落ち着くでしょう。しかし、非常時において水は貴重である。まずは水を使用しなくても食べられるものを優先して揃えることにしました。
・保存場所を分散する
当社では、常備しているペットボトルを給湯室で保管しています。長期保存水や食料品を同じく給湯室内で保管したいところですが、もし給湯室へ向かう道が寸断されてしまった場合は水や食料を手にできなくなってしまいます。この度購入した長期保存水はオフィス内の棚に置き、給湯室内の水とは分散して保存することにしました。
水以外の備品はひとまとめにしてオフィス中央の棚のケースに入れて保存しました。社員数が多く、水以外の備品の数が多くなるのであれば分散して保存した方がいいでしょう。当社の場合は少人数で、備品も場所を取らないので、社内の取り出しやすい場所を定位置としました。
・忘れない日を決めて管理する
この見直しや確認の日は、忘れない日がおすすめです。「防災の日」の9月1日、もしくは8月30日~9月5日の「防災週間」に合わせるのが一般的でしょう。
当社の場合は11月にしました。これは、当社の期首が11月だからで、新しく始まる1年に備えて見直しと確認を行うという位置づけにしました。忘れない日や確認の手間を少なくできる日は、会社によって違います。いつが自社にとって最適かを考えた上で決めるようにしましょう。
安否確認の目的を考えてルール化する
食料品や薬には消費期限があります。これを過ぎないように、忘れずに管理しなくてはなりません。当社では、年に1回防災の見直しや期限の確認をする日を設けることにしました。1年以内に期限が切れそうなものがあれば、その時点で発注するのです。
安否確認の目的とは、従業員の無事と状況を確認することです。すぐにでも無事が分かれば、早急な復旧対応や計画策定が可能になるでしょう。一方で、安否確認はそれなりに手間がかかるものです。即座に連絡を取る、連絡が付かなければ連絡しつづける、または別の手段で確認するというのは、かなりの負担となります。それを肩代わりするサービスもありますが、手間を大きく減らせるものは費用もかかります。
当社の場合、「安否確認は必要」として、その方法を話し合いました。しかし、「災害時に、従業員が即座に出社して、決まった業務にあたる必要があるか?」という話が持ち上がりました。確かに、状況確認等のために即時出社することにはなるかもしれませんが、危険物の撤去のような二次災害防止のための業務は無いでしょう。そうなると、社員全員の安否確認は、各人の無事を確かめる意味しか持たないのかもしれません。
後日改めて、従業員間で「無事かどうかを確かめるだけの安否確認は必要か」という話し合いを行いました。その結果、次の意見から無事を確かめるだけの安否確認は不要という結論になりました。
- 会社に助けを呼ぶ前に、救急か近隣住民に助けを求める
- 会社の安否確認に応えられるなら、本人が救助を呼べる状態である
- 会社の安否確認に応えない場合、社員が現地に駆け付けたとしても、どこまで力になれるだろうか
・出勤に関する連絡方法
当社では、安否確認を行わないことにしました。その代わりに設定したものが「出勤に関する連絡方法」です。交通機関のマヒやライフライン寸断などで出社が難しい場合は、専用のメールアドレスに連絡をする、というものです。メール内容は全従業員に転送、全員が状況を把握することができます。もし、連絡なく不在の従業員がいた場合は、上長から従業員が電話連絡を行うという流れです。
従業員数や業務内容によって、最適な方法は異なってきます。当社のこの方法も、従業員数が多くなれば、改めて考え直されるものだと思います。
防災を身につける
防災に関する情報は、災害が起きなければ使われないので、忘れられやすいものです。そのような情報を、各従業員がどのように把握できる状態にするかには頭を悩まされました。
話し合いでは、避難経路の確認と共有が大切という意見がありました。実際に避難経路を歩くことで、いざという時にも歩くことができるはずです。しかし、避難以外の情報はどうすれば良いでしょうか。
・防災カードの配布
災害は社外にいる時に起きることもあります。そういう時に確認できるものが欲しいと考えました。そういったものがあれば、机の下などで身を守りながらでも確認できるでしょう。各自が何をするべきかを確認できれば、より早い対応にも繋がります。そのため、防災カードを制作して従業員に配布することにしました。
当社が作った「防災カード」はA5サイズの両面カラー印刷です。1/8に折りたたむと名刺ほどの大きさになり、常に携帯している社員証に入れられます。たとえ手が震えていても、広げさえすれば一目で情報が確認できます。業務時間内に被災した場合は紫、業務時間外の場合は緑、応急処置については青色を見れば必要な情報を確認できるようになっています。
持ち歩いてもらうためには、必ず携帯する物に合わせた大きさにします。当社では社員証を採用しましたが、社用の携帯電話や財布という手段もあります。
防災対策に取り組んだ結果
防災対策はPDCAを回すのが一般的です。足りない箇所があれば見直し、補うことで、強固な対策にしていくのです。また、企業自体が変化すれば、それに合わせて対策も変えていかなくてはなりません。そのように改善し続けることで、今の自社にとって最適な防災対策になるのです。
当社は、優先して行う防災対策を検討して、備蓄品や防災カードなどの形で災害に備えてきました。その防災対策を振り返り、どのような効果があったのか、また何が足りなかったのかを確認しながら、対策の改善について考えていきます。
防災対策の効果
防災対策は、災害時に効果を発揮するもので、対策の真の効果は平時には分からないのかもしれません。しかし、対策によって次のような効果や気付きがありました。
- 最近の防災事情を知り、楽しく対策できた
対策を行う前は、防災対策に対して明るいイメージはありませんでした。災害は過酷な状況を強いるものであり、決して起きて欲しくないからです。しかし、その対策は過酷なものではなく、むしろ楽しみながらできるものだと分かりました。
その例の1つが、防災グッズの検討です。防災に必須といわれる毛布には、アルミ製のものがあります。購入してみて驚いたのは、そのコンパクトさです。保管場所を圧迫しそうだと思っていましたが、12cm×8cm×3cmの袋に入った毛布は置き場所に全く困りませんでした。また、昔は乾パンくらいしかなかった食料も、柔らかいパンや炒飯など種類が豊富です。その1つ1つに驚きや発見が詰まっていました。
どれがいいかを話し合ったり、時には試食したりしながら、楽しく防災意識を高めてもいいかもしれません。
- 自治体の防災対策を知り、思ったより簡単に取り組めた
取り組む前は、自社のリスクや対応策を考えることは難しいものだと思っていましたが、杞憂でした。自治体がしっかりとした情報を分かりやすく発信してくれているおかげで、とても取り組みやすかったです。
自治体によっては、情報の発信や訓練の実施だけでなく、助成や支援を整えている所もあります。例えば、品川区では浸水対策として防水版の設置や雨水浸透施設の設置が一部助成されています。防災対策を考える時には、自治体の助成を確認した上で、可否を判断しても良いかもしれません。
働いていても、近隣のことは意外と知らないものです。ここがどのような場所で、どういった取り組みをしているのか、どんな施設や場所があるのかなど、この度の防災対策で知ったところが大きいです。今回は感染症流行の影響で休止となっていましたが、地域の取り組みに参加して防災意識を高めてもいいでしょう。
- リスクへの対策で、オフィスに安心感が生まれた
「避難経路がどこかを知っている」「社内で待機することになっても3日間は過ごせる」という安心感が生まれました。とっさの時に、どのように動けばいいかが分かっていると、不安感も薄まります。
従業員全員で災害時のリスクを共有できたことも大きいです。各人が気にかけるべきことを認識したことで、防災意識も向上したのではないでしょうか。これは日が経つにつれて薄れていくかもしれませんが、定期的な確認を行うことで維持していきたいと思います。
防災対策の反省
一方で、もっとやっておけばよかったと思うこともあります。取り組みを行った上での反省点には、次のものがあります。
- 備蓄品の利用方法の共有が足りなかった
災備蓄品で購入したものや保存場所の共有は行ったものの、使い方までは共有しきれていません。特に、簡易トイレは使ったことがなければ、使用に手間取るでしょう。使い方がパッケージに書いてあるので、使用時に読めばいいのですが、組み立てにどれくらいの時間と手間がかかるのか、破棄はどうするのかを知らないままでは、いざという時に困るかもしれません。
- 備蓄薬をもっと検討すればよかった
当社の対策では、切り傷や擦り傷につける薬を購入しました。しかし、他の症状の場合はどうすれば良いでしょうか。当社の場合、地震の二次災害として火事の危険性があるので、火傷につける薬も必要だったかもしれません。また、3日間にわたって待機する時には、いつもと違う環境でおなかも壊しやすいでしょう。整腸剤などの常備も必要でかもしれません。起こり得る状況を1つ1つ考えながら薬を選ぶ必要がありました。
- オフィスでの待機後はどうするかを確認していなかった
待機後は自宅に帰らなくてはなりません。帰宅は「安全に」「自力で」「歩いて」が基本です。そのため、帰宅ルートを各自確認しておく必要があります。「災害時帰宅支援ステーション」のステッカーが貼ってある施設や店舗などでは休憩場所や水などの提供が行われるので、帰宅ルート上のどこに「災害時帰宅支援ステーション」があるのかの確認もしておきたいところです。
また、持ち物として飲料水・歩きやすい靴・地図・保温シートなどがあると役立つでしょう。これについても検討して、備蓄するのか各自が用意するのかなどを決めておくと安心でした。
対策のまとめ
防災対策というと、ネガティブなものへの対策というイメージが強く、堅苦しい上に完璧なものを求められるものだと思っていました。もちろん、完璧であることに越したことはありません。しかし、1つずつ少しずつでも進めても良いものです。そう考えれば、思っていた以上に手軽にできそうじゃありませんか。
今後、改善を行うには次の観点から考えるといいでしょう。
- 今回の反省点
- 今回の対策で優先しなかった項目
- 他の災害に対する対策
- 今必要とされる対策
まずは反省点を優先して改善して、優先しなかった項目や他の災害の対策などを行うと良いでしょう。当社の場合は、早いうちに備蓄品の使用方法の共有を行い、備品や帰宅ルートなどの検討を行っていきたいと思います。
また、事業内容、立地、従業員の規模といった企業の状況が変化すれば、気にかける項目や防災の目的も変わります。そうなれば行うべき対策も変わってきます。今の対策に足りない部分を補うだけでなく、今必要な対策は何かを考え続けることも大切です。
目的によって変わる防災の選択肢
当社は「無事にオフィスで3日間待機できるよう、協力しあえる環境を作る」を目指しました。しかし、目的や業務内容が違えば行うべき対策も異なります。ここではどういった違いが出るのかについて考えていきます。
社外に避難する会社の備蓄品
昨今さまざまな備蓄商品が販売されており、何に対して対策するのかという方向性がなければ、あれもこれもと揃えたくなります。ただ、例えば、対策の方向性が「安全な場所への避難」と決まっていれば、「持ち運びやすいもの」という“優先される観点”が見えるはずです。
「オフィス待機」をする当社が購入した長期保存水は2lペットボトルのものです。しかし、外に避難することを前提とすると、持ち運びやすく使いやすい500mlペットボトルの方が向いています。物の落下から頭を守るためのヘルメットなども、とっさに取って外に出られる位置にあると安心でしょう。
中でも要検討の備蓄品が簡易トイレです。簡易トイレを調べてみると、数多くのタイプが販売されています。当社が購入した“洋式トイレに取り付けて使用するタイプ”の他にも、手で持って使用できるものや、空のペットボトルをトイレ化するものなどもあります。しかし、外での使用を考慮する場合は、座面を組み立てて様式トイレ風に使うもの、使用時にケープを被り隠せるものなどが良いでしょう。また、男女によって使いやすい形が違うので、双方から見て商品を決めるのがおすすめです。
近年では多種多様の防災セットが販売されています。避難する前提で準備を行うならば、持ち出し袋にまとまっているものが良いでしょう。A4サイズの箱にまとめられて、棚に並べておける省スペースのものもあるので、事前に配布し、各自の机やロッカーで管理させるのも良いかもしれません。
外出が多い会社の防災カード
外回りが多い場合は、社外で被災する可能性が高くなります。当社の防災カードは「従業時間内(社内)での被災」と「従業時間外(社外)での被災」に標準を合わせて作成したが、同じものでは不適切でしょう。例えば、下記のような項目があると便利です。
- 「従業時間内(社外)での被災」のフロー
- 家族・会社への連絡先
- 安否確認フロー
- 徒歩帰宅時のポイント
- 確認・報告するべき項目(情報記憶媒体や貸与品などの破損・紛失、その場合の連絡先など)
- 従業員本人の情報(名前、血液型、何かあった場合の緊急連絡先など)
社外で被災する可能性が高い場合、重要な項目が「従業員本人の情報」です。もし万が一、ケガなどをして動けなくなった時に第三者に対応してもらうために必要です。
倒れている人が誰なのか、どこに連絡を取ればいいのかを確認するには、身分証等を確認します。その場合、開封するのは財布ではないでしょうか。当社の防災カードは社員証に入れて携帯できるように作成しましたが、外回りが多い会社の場合は、財布など見つけてもらえる場所に入れることを考えて作成すると良いでしょう。
人数が多い会社の安否確認
すでに確認したとおり、安否確認の方法は幾通りもあります。そして、従業員数によって適切な形は大きく変わります。人数が多い会社の場合は、1人1人の状況を把握するだけでも重労働です。また、送られてきた情報に必要項目が漏れていると、さらなるやり取りが発生してしまい、情報を送る方にとっても確認する方にとっても手間になってしまいます。
- 書く内容をあらかじめ決めておく
- 簡潔に書く方法を決めておく
- 安否確認の方法を防災カードに書いておく
安否確認の手順だけでなく、何を伝えるのか、どのように伝えるのかを各人が確認できれば、必要項目の漏れなども防げるでしょう。返信内容についても、長々と書かせないようにあらかじめ定めておけば双方の手間が省ける。究極的には「あり」「なし」「ぶじ」「むり」などの文言だけでも安否確認は成立します。
どのような方法をとったとしても、安否確認の作業は慣れないものです。定期的に訓練しておくと良いでしょう。
知っておくべき防災用語
防災対策を行っていると、様々な専門用語に行き当たりました。その全てを紹介できればいいのですが、自治体によって名称が異なるものも多いため、ここでは特に重要な言葉を紹介します。
公助・共助・自助
防災対策には「公助」「共助」「自助」の3つがあります。そして、それぞれの連携が重要だとされています。
公助 | 自治体・消防・警察・自衛隊などによる防災。平時から防災の啓蒙・準備・整備を行い、非常時には災害対応・情報提供などを迅速に行う。 |
共助 | 地域や隣近所での助け合い。平時から交流を行い、非常時には避難所運営の協力・避難行動要支援者(高齢者など)の手助けなどを行う。 |
自助 | 各人や組織が取り組む防災。災害対策の基本。平時から防災の話し合いや備蓄を行い、非常時には自分自身や家族を守る。 |
公助には限界があります。全ての被災現場にすぐに駆け付けることは難しく、自治体自体が災害によって被害を受けることもあります。阪神淡路大震災のときには、地域の協力によって助けられた人が多かったといいます。公助に頼りっきりになるのではなく、共助や自助を重視することが大切です。
なお、自助ができていなければ共助はできません。助け合うためにも、まずは自分自身をしっかり守れるようにすることが大切です。
企業における「自助」
企業においても、自助は重要な観点です。組織自身が従業員を守るという観点の「自助」もあるが、従業員1人1人が自分自身を守るという「自助」もあります。この後者の「自助」は忘れられがちです。
従業員は組織が用意する備品を使って仕事をします。そのために、防災備品も企業が全て用意してくれていると思い込みがちです。もちろん、企業は防災備品をしっかりと用意しておくことが大切です。しかし、全てを整えることは難しいでしょう。
「歩いて自宅まで帰るときに必要な運動靴」など、各自で必要なものを考えて用意することで、抑えられる被害もあります。従業員個人も、それぞれの防災意識を高めて、いざという時に対策できるようにすることが大切でしょう。
BCP
BCPは「Business Continuity Plan」の略称で、「事業継続計画」とも呼ばれます。国はこの「BCPの策定」を推進しています。
企業の事業活動に影響を及ぼすリスクには自然災害や感染症、事件や事故など様々なものがありますが、そのような不測の事態が発生した場合の行動計画のことをBCPと呼びます。
重要な事業・業務とは何か、それを中断させない・中断しても可能な限り短期間で復旧させるための方針・体制・手順はどういったものかを、あらかじめ考えて用意するのです。そうすることで、激甚な災害に遭った場合でも、被害の拡大の回避や復旧支援の獲得、早期の事業再開ができるように整えておくのです。
しかしながら、中小企業の策定状況は芳しくないと言えます。「策定している」「現在、策定中」と答えた企業は2割程度です。
策定が進まない理由として、策定自体の難しさが挙げられます。また「策定する人材を確保できない」「策定する時間を確保できない」といった意見もあり、日々の業務の中で策定することの困難さが窺えます。
BCPの策定は考えなくてはならないことが多く、策定自体に時間がかかるものです。そのため、結果的に防災対策自体が後回しになってしまうということもあり得ます。「策定が難しいから」「時間がかかるから」と全てを後回しにしてしまうのではなく、まずはできるところから少しずつでも防災対策を進めることが大切です。