企業文化を戦略的に醸成するには?経営者の大切な役割

経営者の大切な役割(企業文化と経営者Part5)アイキャッチ

 本シリーズ「企業文化と経営者」では、企業文化の役割と実際の企業例を紹介してきた。その中で、企業文化の醸成過程には「経営者」が頻繁に現れていた。企業文化と経営者とはどのような関係性になっているか、本記事ではこれを分析したい。また、中小企業の経営者は企業文化の構築にどう向き合うべきかを合わせて確認する。

連載「企業文化と経営者」

 1. 「企業文化」の意味とは?その機能とメリット・デメリット
 2. 100年企業から学ぶ!企業文化の醸成過程と経営者の役割
 3. 企業文化の進化?90年の歴史を覆したアメリカ企業経営者の決意
 4. 存続危機からのグローバル企業へ!転身を支えた中国の企業文化
 5. 企業文化を戦略的に醸成するには?経営者の大切な役割

目次

企業文化と経営者の関係

企業文化の醸成プロセス

  Edgar H. Schein(以下:Edgar)はシカゴ大学で学士、スタンフォード大学で心理学修士、ハーバード大学で社会心理学の博士号を取得した高学歴エリートである。彼は長年にわたって、キャリア開発、組織開発、産業心理学と組織心理学などの研究を行ってきた。組織心理学の父と呼ばれている。Edgarは1985年に『Organizational Culture and Leadership』を出版し、個人や組織の行動に影響を与える要因について幅広く研究し、組織文化という概念を構築した。この著書は世界各国に翻訳され、今でも広く使われている。

 Edgarは組織や企業などが作り出す文化は、3段階のレベルから作られていると説いている。

 レベル1 人工物(artifacts)

 レベル2 信奉される価値観(espoused beliefs and values) 戦略、目標、哲学

 レベル3 潜在的な仮説(underlying assumptions) 無意識の当たり前の信念、認識、思考及び感情(価値観と行動の最終情報源)

Levels of Culture

Artifacts: Visible organizational structures and processes(hard to decipher)

Espoused Beliefs and Values: Strategies, goals, philosophies(espoused justifications)

Underlying Assumptions: Unconscious, taken-for-granted beliefs, perceptions, thoughts, and feeling...(ultimate source of values and action)

出典:Edgar H. Schein,『Organizational Culture and Leadership』,Third Edition,Jossey-Bass,2004

 レベル1の「人工物」は、目に見える組織構造及びプロセスのことで、ロゴやブランド、社内行事や服装、公式的な理念や社名などが挙げられる。レベル2の「信奉される価値観」は、レベル1の背景にあるものとして共有されている戦略、目標、哲学である。そして、レベル2のさらに背景にある、潜在的な無意識的の当たり前の信念、認識、思考及び感情はレベル3の「潜在的な仮説」である。

 つまり、新たに企業文化を作るには、まず経営者が理念を表明し、コアチームなどが戦略的に取り組んで共有し支持する。その後、企業は成功を収めてくると、それらの歴史の積み重ねによって理念が企業内で広がる。やがて誰でも無意識的に当たり前に思われるようになる。このような過程を経て初めて企業文化として定着する。

 新しいメンバーがある企業に加わった際に、彼らはまず経営理念やスローガンなどの目に見える要素で企業を認識し理解する。次第にそこで多くのメンバーが同じ理念に基づいて振る舞い、行動している様子と企業が成長している姿を目にする。そしてその理念がその企業のあるべき姿であると感じるようになる。これが企業文化が定着する典型的な例である。

 企業文化は基本的に3つの要素から生まれる。それぞれ「創業者の信念と価値観」「企業発展に伴う経験」「新しいメンバーとリーダーによって持たされる新しい信念と価値観」である。企業文化は浸透しないかぎり効果がない。企業文化を浸透させるには以下のような方法がある。これらの方法は組み合わせて使用する。

  • 企業文化を明文化する

企業のトップが考えていることを、行動指針やスローガンにして明文化をする。

  • 協議する

企業文化、行動指針について話し合う場を設ける。「ことば」で伝えるだけではなく実例などを用いたロール・プレイングなども有効。新入社員に対しての就業前の研修はもとより、既存の社員へ発信しつづけていく作業も必要になるだろう。

  • 明文化による成果を共有する

社内ニュースや社内報によってコンスタントに情報の発信を続けていく。

 日本企業の多くは、経営理念は存在しているものの、それらが個人の行動規範や人事制度などのルールに落とし込まれておらず、日常活動でも定期的に共有されていなかったり、繰り返し反復されるまでは至らなかったりするために、理念が風土として根づかないケースもよく見られる。実際に多くの企業では、経営理念を唱和する、特に製造業の場合は工場などでは朝会の実施、理念や行動規範を読み合わせは過去から実行されているが、それらを個々人のアクションレベルまでの落とし込むまでの取り組みは行われていないことがほとんどだ。

企業文化の醸成における経営者の役割

 創業者は最初の企業文化を作り上げ、企業の最初の形態に大きな影響を与える。彼らは独自の文化や経験に基づいたオリジナルな考え方を持っている。さらに、高いレベルの自信と決断力を持ち、時間と空間の管理や人間関係、社会における企業の果たすべき役割などについてこだわっている。

 次に創業者は自分が作り上げた企業文化を定着するために、コアチームの創造に動き出す。企業文化に共感する従業員を採用し、同じ目標を目指す。その目標に時間とお金を投資する価値があることと、リスクを伴うが必ず成功することを信じている。この人たちは企業のコアチームになる。企業文化の定着はコアチームを創造することから始まる。

 企業が成熟期に入っても、強力な創業者なら、引き続き自分の理念を会社に浸透させる。この段階で創業者は自分の見解が若いグループへ浸透するように注目するべきである。若いグループに企業文化を浸透させることによって、彼らの問題解決の思考行動パターンが企業文化に沿うことになる。こうすることによって、安定している企業構造をブレなく更新できる。若いグループの成長は、学習範囲の拡大とともにベテラングループにも影響される。しかし、成長プロセスの初期における経営者のリーダーシップによる影響を見落とすことはできない。 

 経営交代が発生したら、新しい経営者は創業者時代の企業文化を継承するとともに、時代に合わない部分を破棄するか進化させる。すでに企業内に浸透させている部分を廃棄か進化することは、企業文化を浸透させることより難しいのである。新しい経営者にとって、創業者よりも強力な信念が必要である。米国の企業例で紹介したGEのウェルチの事例はこれに当たる。周囲からの否定や反発の声によるプレッシャーを耐えながら、自分の理念を浸透させる。そこには、絶対失敗してはいけないというプレッシャーもあるであろう。

企業文化と経営者の関係

 企業文化と経営者とはどんな関係であろうか。Edgarは企業文化と経営者の関係をコインの表裏に例え、どちらも単独で理解することができないと主張している。表は、企業文化は作られた企業内で「どんな人が昇進するか、どんな人が従業員の支持を得られるか」などのリーダーシップの定義を決定することである。裏は、経営者が行う唯一重要なものは企業文化の創造と管理である。経営者は自身のユニークな才能で企業文化を理解し、活用する。また、文化が機能不全の時、それを破壊する。

When we examine culture and leadership closely, we see that they are two sides of the same coin; neither can really be understood by itself.

出典:Edgar H.Schein,『Organizational Culture and Leadership』,Third Edition,Jossey-Bass,2004

 企業文化は、経営者の行動と互いに影響し合う。経営者の行動にはリーダーシップと管理がある。リーダーシップは企業文化を創造し、改変する。ただし、リーダーシップは企業文化を決定する唯一の要素ではない。管理は企業文化とともに機能する。企業文化の要素が企業と不適合になり、グループの生存を脅すなら、経営者の究極な役割はこの状況を認識し、解決する。このように、企業文化と経営者は絡み合っていて、切り離すことができない。

 企業の長期的進化からみると、すべての企業は小さなグループから成り、また、色々な小さなグループを通して部分的に機能しつづけ、成長する。そのため、組織内の小さなグループのサブ文化と相互交流による小さなグループにおける文化形成を理解することは、組織全体においてどのように文化が進化するかを理解するために必要である。

中小企業における企業文化の構築

 今回のシリーズ記事では、松下電器(パナソニック)、GE(ゼネラル・エレクトリック)、ハイアールの企業文化例を紹介したが、どれも企業文化とともに多国籍企業に成長した企業である。企業規模を拡大する予定がない、中小規模のままで十分なので、企業文化はいらないという誤解を招くかもしれない。これは間違いである。中小企業の大半はいわゆるファミリービジネスであり、経営者自身やその家族が企業の株式を多く持つことで、経営に非常に大きな影響力を持っている。経営者の個人的な能力や趣味趣向が大企業よりも企業経営に反映されやすい。だからこそ、中小企業にとって企業文化の明文化がさらに重要である。経営者が存在する以上、企業文化は何かしらの形態で企業経営に影響している。明文化することによって、影響度は増加する。

 企業文化の存在意義は必ずしも「企業の経営を拡大し、世界に進出する」には限らない。松下電器の「世界文化の進展に寄与することを期す」のような偉大なものでなくてもいい。GEの「世界でNo.1かNo.2でないとだめ」のような野心満々なものでなくてもいい。ハイアールの「世界で通用できるブランドを持つことで中国の実力を世界にアピールする」のような崇高なものでなくてもいい。経営者が強い思いを持って起業し、その思いに共感を持つ人が集まり、共にその思いに向けて努力していけば、どんな思いでも立派な企業文化になるであろう。下記の中小企業の創業者たちの思いは、創業者の強い決心によって伝え続けられることで、立派な企業文化になるのであろう。

中小企業庁:創業者事例集

出典:https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/chiiki/2015/151201jirei.htm

 企業文化は抽象的だが、企業文化から生み出す行動パターンと力は具体的である。大企業はできるだけ明文化し、それを伝えつづけ、広く深く浸透させる努力によって、企業文化より生み出す力を最大限しようとしている。中小企業に足りないのは、偉大な崇高な企業文化ではなく、すでに存在している企業文化に対する自信である。

 企業文化と経営者は互いに補って、互いに影響しあう関係である。企業文化は経営者によって作り上げられ、発展する。発展した企業文化はまた経営者を強くする。どれか片方だけでは完全に分析することができない、切り離せない関係である。これは大企業でも中小企業でも同じである。

 文化には貴賤都鄙(きせんとひ)が存在しない。企業文化も同じである。中小企業は無理やり「世界平和、世界の経済を発展させる」のような企業文化を構築する必要がない。経営者の強い思いであれば、それは法律的道徳的に問題がなければ、どんなささいな思いでも、立派な企業文化になるのである。

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