前回の記事では、日本企業の代表例として、松下電器の創業者による企業文化の醸成過程を紹介した。企業文化は時代に合わせて進化し続いていかなければならない。創業者によって作り上げた企業文化がすでに浸透されているなか、後任者はどのように自分の理念を広げるのか。必ず従来の経営者と同じ理念を持たなければならないのか。従来と違う理念を持っている場合どうすればいいか。米国企業、ゼネラル・エレクトリック(以下:GE)を例に、後任者が行う企業文化の変革を見ていく。
連載「企業文化と経営者」
1. 「企業文化」の意味とは?その機能とメリット・デメリット
2. 100年企業から学ぶ!企業文化の醸成過程と経営者の役割
3. 企業文化の進化?90年の歴史を覆したアメリカ企業経営者の決意
4. 存続危機からのグローバル企業へ!転身を支えた中国の企業文化
5. 企業文化を戦略的に醸成するには?経営者の大切な役割
GEの歴史
GEの起源は1878年にさかのぼることができる。電球を発明し、人類に明るさをもたらしたあの発明家トーマス・エジソン(以下:エジソン)が1878年、エジソン電気照明会社を設立した。エジソンは「技術をひたすら追求してはいけない、世界が本当に必要としているものをつくるのだ」という信念を持ち、市場調査を重視し、人の役に立つものを製造した。1892年、トムソン・ヒューストン・エレクトリックと合併し、現在のGEが誕生した。
GEの初代CEOはチャールズ・アルバート・コフィン(以下:コフィン)である。コフィンは「成功の核となり、魂となるのは人である」という信念をもち、永続的な差別化の源泉は、製品よりも人だと考えた。コフィンはGE中央研究所を設立し、システマティックなマネージャー育成制度を導入し、系統的な経営組織図を構築し、GEの持続的成長の基礎を築いた。
その後、E.Dライスとジェラルド・スウォープのCEO時代を経て、海外事業を推進し、GEの事業をグローバル的に展開してきた。第二次世界大戦中、チャールズ・ウィルソンがCEOになり、GEの事業は軍需系製造に傾いた。
1950年、ラルフ・コーディナー(以下:コーディナー)が5代目のCEOに就任し、戦後のGE事業の再編に取り組んだ。「一か八かやってみよう」とやや冒険的な精神で、事業分野を20倍に拡大した。また、事業部制を導入し、事業部門長に権限委譲した。権限を分散するとともに、マネジメント人材の確保がさらに重要になってきた。人材育成のために、ニューヨーク郊外クロトンビルにGEマネジメント開発研究所を設立し、今もなお、GEのリーダーシップ教育の中心を担っている。これが世界発の企業内のビジネススクールである。
レジナルド・ジョーンズ(以下:ジョーンズ)が1972年に7代目のCEOに就任した。彼は「70年代最高のCEO」と評価されている。ジョーンズは従来通りのGEスタイル、システマティックで規律のある経営を徹底していた。「GEほどの多角化した大企業であれ、もはや特定の経営トップの情熱や直感に左右されるようではだめだ」という基本的な考え方を持っている。科学的経営管理方式を運用し、効率的なシステムを導入し開発し、経営を行ってきた。70年代の経済不況とインフレの市場状況において、ジョーンズはGEの国際事業と金融事業の実力を強化し、着実に売り上げと利益を出した。
冷静で落ち着いたジョーンズは、まるで教科書に存在するようなグローバル大企業の経営者の見本であった。しかし、このジョーンズは、自分とまったく逆のタイプの人を後任CEOに指定した。当時、GEの事業は順調に伸びていた。しかし、ジョーンズは時代の変化を読み取って、フォーマルな「システム」と「機構」で動く時代が終わり、グローバルな競争が激しくなると予測した。GEは従来通りの道を進めてはいけない。GEに必要なのは、自分とは違い、既存の枠組みにとらわれず、環境の変化にスピーディに対応できる人物であることを認識した。それがジャック・ウェルチ(以下:ウェルチ)であった。
ウェルチの20年間
ウェルチは1981年より8代目のCEOとして就任した。好戦的で攻撃的、情熱的な人であった。ウェルチ在任の20年間、GEの時価総額を140億ドルから4000億ドルに増額させ、約30倍の成長を実現した。ウェルチは1999年にフォーチュン誌の「20世紀最も偉大な経営者」に選ばれた。
彼がCEOになった時、GEの経営は順調であった。しかし、その順調な経営の裏に、危機が潜んでいる。事業部制による膨大な組織、冗長化した人員配置、システマティックな組織階層のような大企業の弊害がそろっていた。また市場変化に鈍感になり、グローバル競争力は優位を保たなくなっていた。ウェルチは容赦なく変革をスタートした。
異常なまでの組織階層再構築
80年代のGEの組織には複雑な階層が存在し、40万人越えの従業員がいた。ウェルチが就任してから、大幅に人員削減を実行し、350個ほどの部門部署をなくし、従業員が30万人切るまで解雇した。現場から管理層までの階層を簡素化し、組織構造をフラット化した。
「1人の管理職に5名~7名の部下が望ましい」と言われている。しかし、組織階層の変革後、GEでは1人の管理職に、数十人の部下がつくようになった。ウェルチによると、「部下を管理しきれないことが目的だ。部下を管理しきれることは、階層簡素化がまだ足りないということだ。管理しきれないことこそ、部下の自発性と創造性が発揮できるのだ」とのことであった。
風土改革ワークアウト(workout)
ワークアウトは「無駄な仕事(work)を追い出す(out)」とのこと。地位も職種も問わず、あらゆる人が業務改善案を責任者に提案する。公開討論を経て責任者がその場で採用・不採用を発表する。現場主導の、いわゆるボトムアップの提案活動は、非常に即効性の高い手法である。大企業の弊害を直接的に取り除き、市場の変化にスピーディに対応し、シンプルな意思決定を実現するプロセスである。継続的な組織変革と組織学習のシステムと言える。
NO.1かNO.2
「No.1かNo.2」はウェルチが求めている企業文化である。「世界でNo.1かNo.2でなければ、その事業を再建か、売却か、閉鎖かのどれかだ」という攻撃的な戦略である。収益性を徹底的に高めるために、ウェルチは製造業中心だったGEを大きく改革し、事業売却と積極的な事業買収を行っていた。この戦略のもと、各事業部門が世界で優越地位をたもつために、たえずイノベーションを行わなければならない。ウェルチは「GEでは、終身雇用を保証しないが、生涯就業する能力を必ず身に付けさせる」という考え方を持っている。
クロトンビルの強化
1956年、5代目のCEOコーディナーがニューヨーク郊外クロトンビルにGEマネジメント開発研究所を設立した。クロトンビルの地名から研究所自体の名前を指す。ウェルチが就任後、経営管理開発機能を復興し強化するため、クロトンビルに膨大な資金を投入、設備と建物のハード面と教育プログラムのソフト面を強化した。クロトンビルをGEの経営理念の伝授と、管理職と現場の人の意思交流の聖地にした。
変革から見えるウェルチの企業文化構築
ウェルチの代表的な変革をいくつ簡単に紹介した。ウェルチの変革は決して容易ではなかった。その最大の「障害」は、ジョーンズが達成した優秀な業績であった。「なぜ経営が順調に進んでいるのに、GEが変わらなければならないか」、「世の中で目立ちたいから異常な変革をわざとしているのではないか」など、否定的な声が少なくなかった。
ウェルチは「必要に迫られる前に自らを変革せよ」という信念を持ち、GEの根本理念「成功の核となり、魂となるのは人である」からブレずにリーダーシップ教育を強化しつづける。その一方、時代の変化を読み取り、GEが推奨してきたシステマティックな組織構造を根気強く改革した。また、「No.1かNo.2」という理念は、エジソンが持っていた「世界が本当に必要としているものをつくるのだ」という信念の延長と読み取ることができるであろう。
企業文化といっても、経営者の考え方により異なる形になる。ただし、「企業文化が確立されると、企業が自発的に機能する」というところには変わりがない。システマティックな組織構造でも、フラット化した組織構造でも、すべて機能している。ウェルチは世間が推奨している管理職の最適な部下数を大幅に超えた組織構造を構築した。企業文化が確立されているため、この組織構造はきちんと機能し、優秀な業績を出している。
創業者でも、後任者でも、自身の強い思いと熱意を根気強く率直に訴え続けることなく、企業文化が浸透することはない。従来の企業文化は時代に合わなくなることが起こりうる。従来の枠組みにとらわれず、今の時代に合わせて根気強く自分の思いと熱意を訴え続けることが経営者にとって非常に重要である。
今のGE
ウェルチが2001年退任してから現在まで、GEは3代のCEOを経た。企業文化の進化は続行している。2015年、9代目CEOのジェフ・イメルト(以下:イメルト)はGE従業員の行動基準「GEバリュー」をつくり変え、「GEビリーフス」を新たに導入した。
イメルトは911事件の4日前に9代目のCEOとして就任した。彼は「企業は、10年から15年ごとに、それまで築いたものを破壊しゼロからやり直す覚悟で刷新していかなければならない」という信念を持っている。ウェルチ時代の目玉事業であるメディア部門や金融部門を売却し、医療と環境などの世界の深刻な課題にフォーカスし、新たな取組みを行っていた。
変化し続けるGEは今後も企業経営の教科書として、世界中の企業にその経営の在り方を参考にされるであろう。
企業文化は経営者の交代にともない、その形が自然と変わる。変化が起こる時、周囲の戸惑いや否定は必然的に起きる。経営者は根気強く自分の思いと決意を信じ、訴え続ける必要がある。これは創業者でも、後任者でも、変わりがない。実体のない企業文化を分かりやすい文書にまとめ、従業員が受け入れるまで訴え続けることはどの時期の経営者にとっても、大事なミッションである。