倒産に瀕していた冷蔵庫製造の町工場から、BrandZの「最も価値のあるグローバルブランドTop100」に世界唯一のIoTエコシステムブランドとして三年連続ランクインするグローバル企業に成長するには何年が必要であろうか。
ハイアールグループ(海爾集団、Haier、以下:ハイアール)は37年でこれを実現した。しかもハイアールは利益を出すだけではなく、家電製造業からIoTエコシステム構築の世界リーディングカンパニーへのビジネスモデルチェンジに成功した。本記事では、中国企業の代表例として、ハイアールの成功を支えてきた企業文化を紹介する。
連載「企業文化と経営者」
1. 「企業文化」の意味とは?その機能とメリット・デメリット
2. 100年企業から学ぶ!企業文化の醸成過程と経営者の役割
3. 企業文化の進化?90年の歴史を覆したアメリカ企業経営者の決意
4. 存続危機からのグローバル企業へ!転身を支えた中国の企業文化
5. 企業文化を戦略的に醸成するには?経営者の大切な役割
ハイアールの発展期
ハイアールの企業文化の核心は「創新」(イノベーション、革新の意味)と「人の価値が第一」である。1984年より2021年現在まで37年間歩んできた中で、ハイアールは発展段階に応じて異なる経営戦略を打ち出したが、その芯である企業文化からブレることがなかった。
松下電器とGEの記事からわかるように、企業の発展は経営者の強い思いと切り離せない。ハイアールも同じく優秀な経営者がいた。張瑞敏(Zhang Ruimin、以下:張氏)である。張氏はハーバード大学に登壇する初めての中国企業家であり、フォーチュン誌の「世界の最も偉大なリーダー50名」に2回もランクインした。張氏は革新な経営決断を下し、周りに理解されなくても、批判されても、自分の経営決断を思い切って実行しつづけてきた。
ブランド戦略の段階
ハイアールの前身は町工場の青島電氷箱総廠である。1984年張氏が第4代目の工場長に任命され、ハイアールはここからスタートした。改革開放後の経済高度成長期にもかかわらず、この町工場は147万元の赤字経営で、1年で3人の工場長が自ら転任を求めた。800人も従業員がいるものの、年間の冷蔵庫生産量はわずか740台であった。非常に効率が悪くて、従業員もやる気のない現場であった。
「未来がない」と思われている町工場を変革するために、張氏はまず工場での13条行動ルールを制定した。「遅刻や早退をしてはいけない、仕事中お酒を飲んではいけない、仕事中はギャンブルをしてはいけない」など現在から見るとあたりまえのようなルールであった。さらに「工場内トイレ以外の場所で用を足してはいけない」というルールがあった。このルールから当時の工場は非常にひどかったことがわかるであろう。行動ルールを制定し、ルールを守らない人に容赦なく罰を科すことで、緩かった工場の雰囲気は一変した。
当時は赤字で給料が払えていない状況であった。「人の価値が第一」と思う張氏は、銀行と国から融資ができなくても、個人名義で友人や近隣の村人から借金までして、従業員の給料を払った。この行動で、「この工場長ならこの工場をなんとかできるかも」と従業員は思い、自ら紀律よく動くようになった。
こうして、張氏は本格的にハイアールの経営変革をスタートした。当時の中国市場で出回っている国産冷蔵庫は品質が悪いものばかりで、消費者に人気があったのは外国産特に日本産の冷蔵庫ばかりであった。張氏はGEや松下電器など世界で有名な企業を研究し、ある結論にたどり着いた。それは、世界の有名な企業になるには、世界で通用できるブランドを持つことが必要ということである。ブランドは企業の実力を示しているだけではなく、国の実力も示していると考えた。この目標を実現するために、張氏はハイアールの変革を粘り強く進めていった。彼はまず「欠点ゼロ」の品質を企業目標として打ち出し、研究や調査を重ね、最も優れているドイツの生産技術を導入し、ハイアールの創新をスタートした。
「欠点ゼロ」を徹底するために、張氏がある事件を起こした。映画化されるほどの歴史的な事件であった。1985年、張氏は顧客から冷蔵庫の品質に関するクレームを受けた。すぐに約400台の在庫を調べ、なんと76台も不良品が出た。この不良品の処理について、従業員から「福利厚生として安く優秀な従業員に売ったり、関係行政機関への贈り物にしたりすれば」という声があった。しかし、張氏は製造を担当した従業員たちにすべての不良品を自らの手で叩き壊すと命じた。当時冷蔵庫1台おおよそ800元の高価物で、従業員の約2年間の給料に相当したそうである。従業員はこの命令に踏み切れず、張氏が率先してハンマーで冷蔵庫を叩き壊した。「ハンマー事件」という名で歴史に残り、当時使ったハンマーは2010年に中国国家博物館へ収蔵された。
張氏は「安く売ってしまうと、品質問題がある製品の生産が認められると思われてしまう。今は76台だが、今後は、760台、7600台とわれわれは不良品を作り続けることになってしまう」という品質の意識を従業員に叩き込んだ。「ハンマー事件」を通して、ハイアールで品質管理に対する大きな意識革命を起こし成功したと言えるであろう。
創業初期のブランド戦略、徹底する品質管理意識がハイアールの今後の発展に良い基礎を築いたのである。
多角化戦略及び国際化戦略の段階
品質管理を徹底するハイアールは、高品質の冷蔵庫として消費者に愛されている。ハイアールはすぐに黒字化でき、売上が順調に伸びていた。張氏は国内での冷蔵庫製造企業としての成功にとどまらず、さらなる創新を目指していた。1990年前半、張氏は経営悪化の国有企業18社を吸収合併し、冷蔵庫製造のみに限らず、白物家電製造へ多角的発展を図った。張氏は「企業の設備や人材に問題がなく、なにかしらの理由で悪化している企業はショック状態の魚だ」と考えている。このような企業を吸収合併し、ハイアールの企業文化を注入し融合させ、ショック状態の魚をよみがえらせた。「Shock Fish」という経営理念を打ち出した。この経営理念が成功し、ハイアールは幅広い産業に参入し、新たな発展段階を迎えた。張氏もこの経営理念で初めての中国人経営者としてハーバード大学に登壇した。
1990年代後半、日本など先進国の消費文化が中国に入り込み、中国人にとって、未知の商品と新たな消費理念が導入された。従来の衣食のみが足りれば十分という消費理念が徐々に高級化を求める消費理念に変わりつつある。ハイアールは多角化戦略を前もって実行したことで、中国消費者の新しい購買行動にうまく乗ってさらなる成長を遂げた。
多角化に成功した張氏は、さらに「創新」を求め、グローバル進出することを決意した。1999年、張氏は3000万ドルをかけて米国でハイアールの工場を設立すると決心した。当時、世界中の企業は積極的に工場を設立していて、技術も持たず人件費も安い中国に進出を図っていた。「技術が弱い中国の企業が、流行に逆らい、米国で工場を設立するなんて無謀しすぎるのだ、以卵撃石だ」と世間はざわついた。以卵撃石とは、卵を石に投げて攻撃すること、身の程知れず自滅することを意味している。反対の声が多くある中、張氏は粘り強くやり抜けた。今から振り返ると、非常に先見的な決意であった。この工場は、ハイアールが米国市場に確立した基盤となった。今やハイアールは高品質な商品を提供する企業として世界で活躍する中国のブランドとなった。
グローバルブランド戦略の段階
2005年以降、ハイアールはグローバルブランド戦略の段階に入った。中国を拠点にしてハイアールの商品を世界に展開するのではなく、世界各地の現地の消費者が求める「ハイアール・ブランド」を創造することを目標にした。この目標を達成するために、張氏は「人単合一」という経営理念を掲げた。人とは従業員、単とは顧客価値(オーダー)である。人単合一の経営では、従業員は会社のために存在するのではなく、顧客のために存在している。従業員に十分な権限を与え、自ら自分の顧客を作り、自分の顧客のために価値を創造しつづけ、それにふさわしい報酬を自分で決める。人単合一の経営では、「企業は従業員に従い、従業員は顧客に従う」という新しい関係を作り上げた。
この経営理念のもとに、世界各地の従業員はアクトローカルを徹底し、本当に求められる商品を創新しつづけてきた。また現地の企業を買収し、ハイアールの実力を拡大してきた。日本の三洋電機、ニュージーランドのハイエンド家電ブランドFisher&Paykel、米国のGE家電事業などの買収はこの段階で行ったのである。
ハイアールのこのグローバルブランド戦略は、中国が掲げた「中国製造から中国創造へ」というスローガンにはっきりと応えた。
ハイアールのモデルチェンジ
2012年よりハイアールはネットワーク戦略の段階に入った。張氏はITの発展潮流に鋭く反応し、ハイアールをオープン・プラットフォームの企業として経営すると考えた。グローバルブランド戦略の段階に打ち出した「人単合一」を「人単合一2.0」にアップデートし、インターネットとIoTの時代における「企業のオープン・プラットフォーム化、従業員のイノベーター化、顧客の個別化」を実現するためにWin―Winモデルを構築することに進化させた。2019年より、ハイアールはエコシステムブランド戦略を展開することになった。張氏は「ハイアールのIoT生態ブランド戦略はIoT技術との相互作用環境を顧客に提供することで、顧客体験のサービスプロセスで価値を創造し、付加価値を享有すること」と述べた。「脱仲介化」の活動を行うことで、企業と従業員と顧客は直接に繋がり、影響・制約しあいながら、価値共創する。
中国の実力を表す世界で通用するブランドを持つことに向けて、張氏は「創新」と「人の価値が第一」という企業文化に基づいて、堅実よく段階を踏んでハイアールの成長を計画してきた。ハイアールはエコシステムブランド戦略段階に入った2019年から、BrandZの「最も価値のあるグローバルブランドTop100」に世界唯一のIoTエコシステムブランドとして三年連続選ばれ、毎年順位を上げている。堅実な企業経営基礎がないとこのような成果につながらないであろう。
張氏の各段階における経営戦略は、無謀だと批判され、反対の声が絶えなかった。しかし、張氏は周りの圧力に負けずにやり切った。今のハイアールが出している成績は張氏にとって最高の褒美であろう。
1984年の創業初期、ハイアールには世界中に経営理念や技術を参照できる企業がたくさんいた。技術を導入したり、吸収合併したり、既成のもの扱ったりして、企業文化の「創新」を徹していないと思われるかもしれない。しかし、「創新」は技術の革新だけではなく、意識や経営モデルの革新など幅広く意味している。既成を参照することがただの「真似」になるか、そこから「創新」になるかは経営戦略次第であることを理解していただきたいのである。
ハイアールは「真似」から始まり、IoTエコシステムブランドの世界企業に創新できた。これは創業者でありCEOである張氏の企業文化への深い執念と切り離せないものである。