ITツールの導入は「業務の効率化」「経営の見える化」「環境にとらわれない働き方」などにおいて効果が見込める。クラウドサービスの登場により、以前と比べると手軽に導入できるようになったが、気を付けなくてはならないこともある。
ITツールを使用した業務方法が定着し、不自由なく利用されていくためには、何に気をつければ良いのであろうか。本記事では、ITツール定着までの流れや注意点、確認すべきポイントなどをまとめている。どのような点に留意し、何と向き合うべきかを確認してほしい。
連載「中小企業とクラウドサービス」
1. うちも導入できる?身の丈に応じた、中小企業のデジタル化
2. 導入例付き!「業務の効率化」に役立つ5つのITツール
3. 「経営の見える化」を助ける!7種類のITツールと導入効果
4. 在宅勤務で活用したい!6種の「環境にとらわれない働き方」を支えるITツール
5. どう定着させる?ITツールの選定・導入のコツとポイント
ITツールが使い続けられるために
導入から定着までの流れ
組織・経営の課題を確認する
ITツールの導入について検討する前に、まずは解決すべき課題を確認しなくてはならない。ITツールの導入で課題が解決できる場合もあるが、最善の解決方法が別の手段である場合もある。もしそうならば導入を行うのではなく、その最善の方法を取るべきである。
目標と導入範囲を設定する
組織の課題を把握できたら、次に目標を設定する。どのような状態を目指すのか、そのためにどの部署・業務に導入するのかについて設定する。
ここで設定した目標は従業員に共有する必要がある。たとえ業務の効率化のためにITツールを取り入れたとしても、すぐに業務負担が改善されるわけではない。業務方法が変わり、逆に負担が増加することもある。何を目指しているのかという目標がわからなければ従業員に不満が残ることもあるであろう。目標を浸透させ、どういった状態が「達成」となるのかを共有することで、組織全体でその方向を目指せるようになるのである。
ツールを選定する
ITツールによって特化している部分やコストは異なる。特定の業種や職種に合わせたものやカスタマイズできるものもあるため、選定に迷うこともあるであろう。まずは課題と目標を踏まえて、運用イメージと効果を明確にする必要がある。
選定において、従業員へのヒアリングは欠かせない。業務の流れやボトルネックを把握しているのは従業員だからである。同時に、現在使っているITツールと連携がとれるか、1つのITツールで解決できるか、現場のリテラシーと合っているか、などの観点から複合的な検討が必要である。その上で現場が使いやすいものを選択することが望ましい。
試験的に導入する
大規模にITツールの導入を行う場合は、事前に一部部署・一部業務で導入してテストを行うことをおすすめする。そうすることで予測していなかったトラブルや問題などが洗い出せ、改善方法を探ることができる。同時に使用感を確認できるため、ITリテラシーの低い使用者がつまづきそうな箇所や質問が出そうな箇所も把握でき、対策を講じることがであろう。試験的導入によってスムーズな導入が可能となるのである。
効果を測定する
ITツールの導入がゴールでは決してない。適切に利用できているか、長期的に見て定着しているか、課題は解決されているかなどを確かめて定期的に共有する必要がある。また、導入によって新しく増えてしまった業務はないかなどの確認や、しわ寄せが発生していた場合の対応も大切である。常に改善していくことで、ITツールは定着していくのである。
定着のために押さえるべきこと
業務の効率化や経営の見える化など、ITツール利用の利点は多い。一方で、ITツールの導入とは今まで行ってきた業務を変えることと同義である。導入・定着のためには次の観点で既存環境と向き合い、場合によっては変更を加える必要がある。
社則との照らし合わせ
ITツールの導入に合わせて、社則の変更が必要な場合がある。例えば〈勤怠管理ツール〉の導入によって、社外でも打刻できる環境を整えようとしたとする。この場合、出退勤の記録と管理方法が変更されるだけでなく、どのタイミングで打刻するかという規定も変わるであろう。もしそうならば就業規則の変更や追記が必要な場合がある。このようにITツールの導入は社則との兼ね合いを考えた上で進めなくてはならない。
機材や環境の変更
ITツールの導入によって、新たな機材の導入や環境の変更が必要になる場合がある。例えば〈Web会議ツール〉は手軽に遠隔地とのやり取りを可能にしてくれる。しかしながら、現在使用しているパソコンにカメラとマイクがついていなければ、ITツールの利便性は十分に発揮されないであろう。また、自席で会議を行って良いのかというルール設定や、他の従業員に配慮した環境づくりも必要となる。ITツールの導入によって課題解決を目指すには、機材や環境を変えなくてはならない場合もある。
社内への周知
「ITツールを導入したので使ってください」では、どんなに便利なものでも利用されないであろう。ITツールが利用され、目指すべき目的が達成されるためには従業員の協力が欠かせない。例えば、それまで個人で管理していた名刺を〈名刺管理ツール〉で一括管理することになれば、名刺を個人資産だと考える人は不安を覚えるであろう。場合によってはITツールの使用を避けるかもしれない。そのような不安感を減らすためにも、業務方法の変更の意図や目的を共有し、理解と協力を求める必要がある。
ツール利用の教育
ITツールは使用者のリテラシーに応じたものを選択しなくてはならない。しかし使用者のリテラシーにはばらつきがあるため、全員にとって使いやすいものを選ぶことは難しい。例えば〈チャットツール〉はメッセージアプリを使い慣れている人ならばすぐに使いこなせるかもしれないが、メールでのやりとりに慣れている人には慣れるまで時間がかかるであろう。ITツールを導入するだけでなく、リテラシーに合わせた使い方の講習なども必要である。
ITツールを選定するために
選定のチェックポイント
このチェック項目は、自社で長く使い続けられるITツールかどうかを判断するための確認事項である。ITツールの選定を行う場合には、次の観点から確認する必要がある。
- 目的達成や課題解決ができそうか
- 必要な機能がそろっているか
- すでに導入しているITツールとデータ連携できるか
- セキュリティがしっかりしているか
- 信頼できる会社が運営しているか
- ランニングコストが適切か
- 従業員にとって使いやすいか
ITツール効果別一覧
本連載では「業務の効率化」「経営の見える化」「環境にとらわれない働き方」の観点からITツールを紹介してきた。ここでは「業務の質の向上」「工数の削減」「コストの削減」という観点から改めて考える。
業務の質の向上 | 工数の削減 | コストの削減 | |
---|---|---|---|
勤怠管理ツール | 〇 | 〇 | 〇 |
給与計算ツール | 〇 | 〇 | 〇 |
労務管理ツール | 〇 | 〇 | 〇 |
経費精算ツール | 〇 | 〇 | 〇 |
RPA | 〇 | ◎ | |
会計ツール | 〇 | 〇 | 〇 |
生産管理ツール | ◎ | ||
顧客管理システム(CRM) | 〇 | ||
営業支援システム(SFA) | 〇 | ||
タレントマネジメントツール | 〇 | ||
ERP | ◎ | ||
BIツール | 〇 | ◎ | |
ワークフローシステム | 〇 | ||
タスク管理ツール | 〇 | 〇 | |
名刺管理ツール | 〇 | ||
マニュアルツール | ◎ | 〇 | |
Web会議ツール | 〇 | 〇 | |
チャットツール | 〇 |
作成:株式会社デジタルボックス
「業務の質の向上」に効果があるITツールは、業務の自動化によるミスの減少や、情報共有による迅速な対応に繋がるツールである。これらは業務の属人化を解消し、誰もが対応できる業務として整えてくれるであろう。
手間を少なくし時間の捻出に繋がるITツールは「工数の削減」を達成するとした。時間を捻出することができれば、その分だけ他の業務にあたることが可能となる。そうすれば少ない人材で業務を回すことにも繋がり、同時にワークライフバランスの達成にも寄与するであろう。
今まで必要であった費用を削減できるものは「コストの削減」とした。「工数の削減」が達成されれば、その工程にかかっていたコストが無くなり、自然とコストの削減に結び付くであろう。また、「業務の質の向上」「工数の削減」により残業時間を減らすことができれば、さらなるコスト削減になるであろう。
ITツールを使うときの注意点
ITツールは「手段」でしかない
確認してきたとおり、ITツールは必ず自社の目的と課題に沿って検討されるべきである。「改善されそうだからとりあえず導入してみよう」では、使用するモチベーションも低いため使われなくなる可能性も高い。また、ITツールは使いこなすことが目的となってしまいがちである。しかしそれでは使うこと自体に時間を取られてしまい、課題の解決には至らないであろう。目的と課題を明確にし、それを全体で共有した上で使用することが大切である。
一度にすべてを改善しようとしない
ITツールには複数の機能を持ったものがある。そのようなものを選択すれば、一度の導入で全体が改善するのではないかと考えるかもしれない。しかしITツールの導入で行うべきことは課題の解決である。あれもこれもと手を広げては、本来の目的から外れてしまう場合がある。また、その分多くの時間が必要になるであろう。
最初からすべてにおいて導入・使用を進めなくてもよい。少しずつ対象範囲を広げていき、確実に課題を解決していくことが大切である。
従業員が働きやすい環境を整える
ITツールの導入は業務方法の変更が生じるなど従業員に一時的な負担がかかるものである。事前に導入の目的やツールの概要などの情報共有を徹底して行い、不安感を減らすことが大切である。ツールによってはお試しで使えるものもあるため、試験的に利用するのも良いであろう。現場が安心して使える環境設定が必要である。
また、ITツールの使用によって従業員の活動を制限してはならない。活動を押さえつけるのではなく、意見やアイデアを出しやすい環境を整えることが大切である。それにより、ITツールが補助するよりよい業務環境が創出されるのである。
IT技術は業務環境を整えるだけではない
現在、あらゆる産業において、IT技術を利用してこれまでにないビジネスモデルを確立する企業が登場している。このような中、各企業が企業の成長や競争力の強化のためにIT技術を用いること、それにより新たなビジネスモデルの確立・革新を起こすこと、つまり「デジタルトランスフォーメーション」(Digital Transformation、DX)が求められている。
経済産業省は2020年12月に取りまとめた「DXレポート2」で、コロナ禍により「ITインフラや就業に関するルールを迅速かつ柔軟に変更し環境変化に対応できた企業と、対応できなかった企業の差が拡大している」と指摘している。「DXは単にレガシーシステムを刷新することではない」とし、その本質を「事業環境の変化に迅速に適応する能力を身につけること、そしてその中で企業文化(固定観念)を変革(レガシー企業文化からの脱却)することにあると考えられる」としている。そして「企業の経営者が自ら考え取組を進める必要がある」とまとめている。
経済産業省『DXレポート2(中間取りまとめ)』
出典:https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004.html
業務環境のオンライン化や業務プロセスのデジタル化は、その一端であり第一歩である。IT技術の導入によって、さらなる事業の発展が可能なのである。今後、ITへの苦手意識を減らし、ある程度の知識を身に着けることが求められるであろう。
本連載は「中小企業とクラウドサービス」と題し、5回にわたってITツールの効果と中小企業における導入・使用について確認してきた。しかしながら、ITツールを必ず導入せよというのではない。繰り返し確認してきたとおり、ITツールの導入が大切なのではなく、自社の課題と向き合って、どのように解決するかを考えることこそが大切なのである。まずは解決すべき課題を確認し、自社の課題にあった解決方法を考えてほしい。その上でITツールの導入を検討する場合には、改めて本連載を確認してもらえれば幸いである。