2020年のコロナ禍と呼ばれる感染症流行により、対面中心の業務環境の再考を余儀なくされた。その結果、多くの企業が「テレワーク」の導入に乗り出した。一方で、従業員管理やインフラ整備の難しさなどから導入をしなかった企業、一度は導入したものの元の環境に戻したという企業もあるであろう。
このような「環境にとらわれない働き方」は一時的な流行ではない。総務省、厚生労働省、経済産業省及び国土交通省は、働き方改革、生産性の向上、多様な働き方の実現などの観点から、2017年より「テレワーク・デイズ」というキャンペーンを実施している。この度、導入をしないことに決めた企業も、今後どこかで業務環境の再考を行う必要が出てくるであろう。本記事では、そのような働き方を支えるITツールの紹介する。導入の効果と、中小企業における導入例を確認する。
連載「中小企業とクラウドサービス」
1. うちも導入できる?身の丈に応じた、中小企業のデジタル化
2. 導入例付き!「業務の効率化」に役立つ5つのITツール
3. 「経営の見える化」を助ける!7種類のITツールと導入効果
4. 在宅勤務で活用したい!6種の「環境にとらわれない働き方」を支えるITツール
5. どう定着させる?ITツールの選定・導入のコツとポイント
「環境にとらわれない働き方」とは何か
生産性と従業員のワークライフバランスを両立させる働き方は、以前より推奨されてきた。「フレックス制度」や「時短勤務制度」など、時間の面から働き方を考える企業もあれば、「環境にとらわれない働き方」として業務環境の面から整える企業もあった。とくに、後者はコロナ禍という感染症流行により「在宅勤務」「テレワーク」「リモートワーク」という形で一挙に推し進められたと言える。
「環境にとらわれない働き方」のメリットは次のとおりである。
- 従業員のワークライフバランス向上
- 移動費やオフィス維持費などのコスト削減
- 場所にとらわれない人材確保
オフィスという場所にとらわれなければ、通勤時間を削減することができる。その分、他のことに時間を使えるため、生産性やワークライフバランスの向上に繋がると言える。同時に場所にかかる費用や従業員の移動費も削減されるであろう。また、従業員が家庭の事情などで遠方に住まなくてはならない場合でも、離職を防ぐことができる。遠方の優秀な人材や、家から離れることが難しい人材の雇用も可能になる。業種や業務の特性によって導入は限られるであろう。しかし、すべての業務を対象とせず、一部の業務・一部の部署から導入することでも以上のようなメリットがある場合もある。
一方で、デメリットには次のような点があげられるであろう。
- 従業員と業務の管理の難しさ
- コミュニケーションの取りづらさ
- 情報漏洩のリスク
従業員が遠隔地で働くために、マネジメントやコミュニケーション自体が難しくなる。そのために生産性が落ちるのではないかという不安はついてまわるものであろう。また、情報がオフィスの外で扱われるために、漏洩のリスクを感じる方もいるであろう。しかしこれらのデメリットは、ITツールの補助によって解消できると言える。
以下では、そのようなツールを紹介する。なお、Part2で紹介した〈勤怠管理ツール〉もそのような不安を解消するツールのひとつである。遠隔地にいる従業員の勤務管理を容易にしてくれる上、ツールによっては不正な打刻を防ぐものもある。
業務を支えるITツール
ワークフローシステム
稟議書や報告書などを申請者から順番に配信し、決済や承認を円滑に行うツールである。各種申請をシステム上で行えるため、申請や承認のために出社する必要がなく、出張に出ていても遠隔地から承認や否認が行える。また、起案や承認が行われたタイミングで関係者に通知してくれるため、進捗状況を知ることができ、抜けや漏れを防止することも可能である。
効果
- ペーパーレス化とセキュリティ向上
稟議書や報告書などを電子化して配信するため、ペーパーレス化に結び付く。紙の書類では常に破損や紛失といったおそれもあるが、システム内に保管することでそのようなリスクも軽減される。検索機能を使用すれば、過去の申請データをすぐに確認することも可能となる。決済がシステム上に可視化されるため、内部統制の強化にも繋がる。
- 迅速な意思決定
システム上で申請と承認をおこなうことができるため、場所にとらわれない対応が可能である。出張やリモートワーク時でも対応できるため、不在による滞りがなくなる。承認までの時間が短くなるため、迅速な意思決定に繋がるのである。
- 業務状況の可視化
現在の進行状況が可視化されるため、どの作業まで進んでいるか・現在誰が対応を行っているかが明確になる。そのため業務遅延防止の抑止力にもなるであろう。また、承認ルートが複雑な場合には、行うべき工程や含めるべき承認者が漏れることもあり得るであろう。ルート設定を補助してくれるツールを使えば、そのようなミスを防止することもできる。円滑な承認を可能としてくれるツールである。
タスク管理ツール
従業員の働く場所が異なると、従業員や業務を管理することが難しくなる。〈タスク管理ツール〉を導入すれば、全体のタスクや進捗状況を集約できるため、効率的な管理が可能となる。従業員の情報共有と状況報告にも繋がり、漏れや抜けがあっても早急に発見・対応がなされるであろう。ツールによってはカレンダーやガントチャートで表示ができるものもある。
効果
- 従業員や業務の効率的な管理
タスク管理は人によってばらつきが出るものである。〈タスク管理ツール〉を導入すれば、全体の進捗状況を統一された画面内で共有されるため、マネジメントしやすくなる。途中で追加された業務も、業務の担当者や期限が明確となるために漏れる危険が少なくなる。
- 作業量・作業負荷の可視化
担当者それぞれの作業量把握できるため、作業負荷に偏りが可視化される。また、業務ごとの工数や実績なども可視化されるため、問題箇所がわかりやすくなる。生産性を監視できると同時に、問題点の分析と追及を可能にしてくれるのである。
- 目的を意識できる
個別の業務の進捗だけでなく、プロジェクト全体の進捗状況を可視化してくれる。それにより従業員は目の前の仕事の目的と意味を明確にでき、目的を意識しながら仕事にあたることができる。目指すべき方向がズレないように業務を進めることができ、業務の優先順位やスケジュールもぶれることなく管理なされるであろう。
名刺管理ツール
個人が交換した紙の名刺をデータ化し、社内で一元管理するツールである。社内の人脈を可視化するとともに、必要なときに情報をすばやく取り出せるように補助してくれる。近年は、オンラインで名刺データを送れるものや、交換した相手の情報が更新されると通知するものもある。オンライン上で関係を構築する機会の増えた昨今で役立つものも多い。
効果
- オンライン上での交換に対応
感染症の流行もあり、オンライン上で関係を構築する機会が増えた。オンライン上でも名刺交換を行えば、名前や肩書など相手の正しい情報を得ることができる。ツールによっては、URLやQRコードから名刺情報を配信するものがある。そのコードを相手に送る、もしくは〈Web会議ツール〉の背景などに設定しておけば、円滑な交換が可能となる。
- 手間なく最新情報に保つ
紙の名刺もカメラやスキャナーを使って情報を読み取るだけで情報を登録できるが、オンライン上で交換した名刺はそもそもシステムへの登録の手間がない。ツールによっては、本人による情報入力と連動して最新の内容に更新したり、通知をしてくれたりするものもある。新しい名刺を印刷して再度渡す必要がなく、せっかく交換した情報を錆びさせることなく関係を維持できるのである。
- 社内で名刺情報を共有できる
担当者の人脈が可視化され、他部署でも活用できるようになる。ツールによっては名刺情報や連絡先の検索ができるため、すばやく情報を取り出し、見込み客への迅速なアプローチができる。スマホなどからでも参照できるため、オフィスにいなくても手元で簡単に情報を確認できるようにもなる。
従業員を補佐するITツール
マニュアルツール
マニュアルの作成・更新を補助し、閲覧の環境を整えるツールである。手順に沿って入力を行うだけで、統一性を持ったマニュアルの作成が可能である。ツールによっては、文章だけでなく画像なども入れられるため、より使いやすいマニュアルとなるであろう。また、ツール内のデータに入力するだけで簡単に更新が可能である。パソコンやスマホなどからツールにアクセスしてマニュアルの閲覧を行うため、印刷して配布する手間もなく、時間や場所の制限もなく使用できる。
効果
- 情報資産の流出防止
マニュアルは社内の情報資産である。そのため気軽に配布するわけにはいかないが、リモートワークを行うときには手元に置いて確認してもらいたい場合もある。〈マニュアルツール〉を使用すれば、情報セキュリティが守られた上で、場所にとらわれずマニュアルを確認することが可能である。
- 情報資産の共有と更新
従業員のノウハウをマニュアルの形で社内共有することができるようになる。同時に社内の情報資産として蓄積することが可能である。よりよい作業方法があればマニュアルを更新し、企業全体で効率を上げていくことにも繋がるであろう。〈マニュアルツール〉はノウハウの共有と更新を行いやすくしてくれるツールである。
- 効率的な人材育成
リモートワークを行っていると、ちょっとした質問をすることも難しい。〈マニュアルツール〉があれば、各自がいつでもどこでもマニュアルを確認することができる。ちょっとした疑問もすぐに解消できるため、業務の停滞やミスを減らすことが可能である。また、質問されることが減ることで、他の従業員は業務に集中できるようになるであろう。
コミュニケーションを補助するITツール
Web会議ツール
遠隔地にいる相手と音声・映像によるコミュニケーションを可能とするツールである。パソコン内臓のマイク・スピーカー・カメラなどがあれば使用可能という手軽さで、リモートワーク導入と同時に需要が高まっている。ツールによってはスマホで利用できるものもある。また、パソコンの画面共有、ファイルの送受信などを可能とするツールも多く、社内のミーティングだけでなく、社外の会議・商談にも対応できる。
効果
- 迅速な情報共有と意思決定
〈Web会議ツール〉は手軽に利用できるコミュニケーションツールである。会議室や専用機器などの事前準備が不要となり、外出中の従業員もスマホで参加できるため、必要が生じたら即座にWeb会議を開始することが可能である。それにより迅速な情報共有と意思決定が実現するであろう。
- 時間と経費の有効活用
会議や研修などのための出張が不要となる。それに伴い交通費や宿泊費などの経費が削減でき、移動にかけていた時間も有効活用できるようになる。移動時間の分だけ他の業務にあたることができるようになるのである。
- 遠隔地でも実用的な会議
映像や音声をただ送るだけではなく、パソコン画面の共有や資料のアップロードが可能である。そのためリモートワークを行っていても、実用的な会議が可能である。ツールによっては自動文字起こしや翻訳機能などを備えたものもあり、会議そのものを支えてくれる。
チャットツール
社員同士の意思伝達や情報共有をスムーズに行うためのツールである。勤務地が離れていると、隣にいる人に気軽に話を聞くという当たり前のことができなくなっている。〈チャットツール〉はその当たり前のような環境を創出してくれる。場所にとらわれることなく、まるで立ち話をしているような気軽さで、ほぼリアルタイムなやりとりを可能にしてくれる。
効果
- 意思決定プロセスの高速化
コミュニケーションを取る機会が増え、スピード感のある仕事に結び付く。メールはマナーに則った返信を個別対応する必要があるが、〈チャットツール〉にはそのようなムダがない。やりとりが一覧として残るため、一目で内容を把握できる。気軽にメッセージを送れる上、やりとりを見て他の人がさらなるアイデアを出すといったこともできるため、意思決定のプロセスは高速化する。
- コミュニケーション活性化で品質の向上に
従業員が多くなるほどに、コミュニケーションは取りづらくなるものである。遠隔地で働いているとなおさら認識の齟齬や価値観のズレが生じるであろう。情報共有の頻度が自然と高くなるため、それぞれが何を課題と感じているのかがわかるようになる。従業員間の連携を促進することで、業務の品質の向上に寄与してくれるであろう。
- 情報共有のミス防止
社内にはさまざまな連絡手段があるため、情報の行き違いや伝達の漏れが発生する可能性もある。社内コミュニケーションの手段を統一することで伝達ミスの防止になるのである。検索機能を使えば、過去のやりとりをさかのぼることも簡単である。〈チャットツール〉は情報の蓄積場所にもなる。
ITツールの導入例
従業員に合わせた雇用から、新しい商談スタイルの創出へ
株式会社伊勢屋(卸売業・小売業)
総務省 | 令和2年度「テレワーク先駆者百選」取り組み事例
出典:https://www.soumu.go.jp/main_content/000723427.pdf (該当事例は、リンク先の5ページ目にあたる)
- 課題 従業員の体調と向き合う雇用
- 目標 病気の従業員の雇用維持
- 導入ツール Web会議ツール 勤怠管理ツール
- 効果 従業員の雇用維持 従業員の業務負荷安定 ワークライフバランス向上 時間効率の向上 移動コストの削減
難病による体調不良に悩む従業員が安心して働けるように在宅勤務を導入することにした。その結果、生産性を向上させる可能性を感じたため対象者の範囲を広げた。営業活動を〈Web会議ツール〉によってオンライン化し、新しい商談スタイルの選択肢を作った。また、〈勤怠管理ツール〉を導入して在宅実施者がどこでも打刻できるような仕組みを整えた。
従業員が体調に応じて働ける環境を作り、本人も安心して業務に取り組めるようになった。欠勤も減少したため、周囲の業務負荷も安定した。また、〈Web会議ツール〉を使った場所にとらわれない商談を可能とすることで、一日の訪問件数1.5~2倍となり、移動費は50%減となった。従業員の多様性を受け入れられる制度に育てたいと思い、対象者の拡大など積極的なリモートワーク導入を行っている。
実情に合わせた勤務体系を整える
日都産業株式会社(製造業)
総務省 | 令和2年度「テレワーク先駆者百選」取り組み事例
出典:https://www.soumu.go.jp/main_content/000723427.pdf (該当事例は、リンク先の37ページ目にあたる)
- 課題 業務と家庭の両立 感染症の流行
- 目標 実情に合わせた勤務 感染症流行下での業務継続
- 導入ツール チャットツール Web会議ツール 勤怠管理ツール
- 効果 残業時間の削減 経費削減 人材不足解消 作業効率向上
従業員が育児と両立して働けるように、制度がないながらも在宅勤務を可能とした。その際に〈Web会議ツール〉〈勤怠管理ツール〉などのツールを導入し、遠隔のコミュニケーションや進捗・スケジュールが共有できるよう整えた。感染症流行に伴って在宅勤務対象者を拡大したときに、従業員全員が共通の情報を得られるよう〈チャットツール〉を導入した。
ITツールを使用することで感染症流行下においても業務を継続できたこともあり、売上は増加した。また、在宅勤務の導入により通勤時間も削減されたため、家族との時間を以前よりも持てるようになった。同時に、通勤交通費や印刷代が浮いて経費の削減にも繋がった。導入当初にはなかったテレワークの制度を設定し、実情にあわせて少しずつ対応することで定着している。
「環境にとらわれない働き方」は、中小企業でも可能である。自社や従業員にあった規模でそれをクラウドサービスのITツールは後押ししてくれる。
次回はITツールの導入のポイントを確認する。クラウドサービスのITツールは導入のハードルが低いものが多い。しかしながら導入は決して気軽なものでなく、場合によっては失敗することもある。注意すべき点をまとめるため、導入を検討する際には必ず参照して役立ててほしい。